亡くなったメンバー
 

 

以下のメンバーは、ハイドン・フィルハーモニー在任中に亡くなりました。

ウィルヘルム・ヒュプナー (ヴァイオリン)

Prof. Wilhelm Hubner ウィルヘルム・ヒュプナーさんは長くウイーンフィルの代表を務め、日本ではNHK交響楽団に請われて1年間コンサートマスターとして活躍したことでも知られています。ハイドンフィルハーモニーの創設時には、フィッシャーさんとともに設立に努力し、現在のオーケストラの下地を作りました。93年の日本ツアーにも同行し、第2ヴァイオリンの主席アシスタントとしてオーケストラを引っ張るだけでなく、スッポン料理を食べた経験談を披露するなど、オーケストラのメンバーに、日本文化を紹介していました。

ヴィルヘルム・ヒュプナーさんは、1996年7月1日に亡くなりました。ご冥福をお祈りいたします。

(11/01/96)

グスタフ・スヴォボダ (ヴァイオリン)

Prof. Gustav Swoboda

グスタフ・スヴォボダさんもヒュプナーさんと同様、長くウイーンフィルハーモニーで活躍しました。勇退後はウイーン音楽院の教授として若手の指導にあたり、フィッシャーさんやオーケストラのメンバーから「プロフェッサー」と呼ばれて親しまれていました。ハイドンフィルの創立以来のメンバーで、昨年も第一ヴァイオリンの2列めに座り、他のヴァイオリニストの楽器の調整の相談にのるなど、重要な存在でした。筆者が最初に出会ったオーケストラ・メンバーであり、初めてハイドンザールを訪ねたときに、客席側の出口を閉められて困っていたら、にこにこ笑いながら、舞台裏の別の出口を教えてくれました。

グスタフ・スヴォボダさんは、1996年の春になくなりました。ご冥福をお祈りいたします。

(11/01/96)

ヤーノシュ・パップ (ヴァイオリン)

ヤーノシュ・パップさんは、去る99年5月11日に、心臓麻痺のため、ブダペストで亡くなりました。彼はハイドンフィルハーモニーのオリジナルメンバーの一人で、数多くのコンサートに出演しました。また、ハンガリー国立響の第一ヴァイオリンとしても活躍しました。演奏活動だけでなく、ヴァイオリン教師としても活動し、練習曲を作曲するなど、幅広く活動していました。

(06/01/00)