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アダム・フィッシャー & ハイドン・フィルハーモニー・ファンクラブ・ニュースレター「バラートム」とはハンガリー語で「私の友達」という意味です
1997年5月1日 − 第15号
ハイドンフィルハーモニー10周年記念 1987年に創立されたハイドン・フィルハーモニーは、今年の5月で10周年を迎えます。そこで、今回のバラートムはこの10年を振り返ったコンサートの概要やエピソードなどをお送りします。 1987年−最初のコンサート記念すべき最初のコンサートは1987年5月28日に、ハイドンザールで開かれました。曲目はハイドンの交響曲「時計」、トランペット協奏曲、「太鼓連打」でした。当時はハイドン・フィルだけが演奏する小規模な音楽祭で、ハイドンザールとハンガリー側のエステルハーザを主会場にしていました。5月28日から31日までの間に7回のコンサートがあり、上記に加えて、シンフォニア・コンチェルタンテやマドリガル「あらし」なども演奏しました。ソプラノのヒルデガルド・ベーレンスが「天地創造」のアリアを歌っています。 この他、最初のCDの録音も行われています。 フィッシャー「実はこの年、5月30日は野外でコンサートの予定だったんですが、本物の嵐のため宮殿内の小さなホールに変更し、コーラスが必要な『あらし』は演奏できなかったんです。だから、『嵐が来たら、あらしは無し』だったんです。」
1988年−音楽祭2年目、春と秋の2回の活動この年は6月と9月の2回音楽祭が開催され。ハイドン・フィルは各5回ずつコンサートを行っています。春は交響曲96番と102番が中心で、音楽祭直後にレコーディングを行っています。さらに6月23日には初の外国公演として、フランスのセント・レメイで上記の交響曲に加えて、La Fedelt* premiata序曲などを演奏しました。 フィッシャー「9月19日のコンサートで連絡ミスがあり、ソプラノのアンナ・ゴンダとオーケストラはの別のアリアを準備していたんです。本番の数時間前に彼女が来たときに初めて気がついたのですが、オーケストラのパート符がありません。仕方が無いので、指揮者用のスコアからコピーするなど、大慌てでした。」 9月にはアイゼンシュタットとフェルトード双方で、交響曲94番「驚愕」や45番「告別」などを演奏しました。また、直後に上記と「軍隊」を録音しています。 フィッシャー「秋の最後のコンサートで、チェロのソリスト、ウォルフガング・ヘルツェルが直前にキャンセルしてしまいました。そこで主席奏者のレジョー・ペルトリーニが急遽独奏しました。たった20分のリハーサルでしたが、素晴らしい演奏でした。」
1989年−最初の国際ハイドン週間この年はまず4月1日に、フェルトードでのハイドン誕生日コンサートとして、交響曲24番「哲学者」や「サルベレギーナ」などを演奏しました。4月18日には、ブタペストのリスト音楽院で、ほぼ同様のプログラムを演奏しています。 また、春の音楽祭として、6月16日から18日までエルテルハーザとハイドンザールで2回ずつのコンサートがあり、交響曲第25番、93番、95番、97番、98番とフルート協奏曲、チェロ協奏曲を演奏しました。それらに先立つ6月15日には、フィッシャーさんがピアノを担当したピアノトリオの演奏会がありました。 9月には第一回の国際ハイドン週間として、4回の公演を行いました。
1990年−最初の本格外国ツアー1990年は最初の本格外国ツアーとして、フランス・ツアーを行いました。ただし、指揮はフィッシャーさんではなく、元ウイーン・フィルのビオラ奏者のマンフレット・ホネックでした。また前年同様、4月1日にフェルトードでハイドン誕生日コンサートを行い、この後6月にはハイドンの初期の交響曲のレコーディングを行いました。また、9月7日と8日にはハイドンザールでヘルムート・ヴィルドハバーと共演しました。
1991年−ル・マン・デビュー多数のレコーディングこの年は5月のル・マンでの音楽祭に初出演しました。また、4月末と9月の2回のレコーディングがあり、交響曲1番から20番までを完了しました。ハイドン週間ではハイドンだけでなく、没後200年のモーツアルトも演奏しました。
1992年−オラトリオ「天地創造」この年のハイライトはオラトリオ「天地創造」です。コンサートに先立ち、クリスチャン・ボーシュ制作の「子どものための天地創造」のプログラムを演奏し、ビデオに収録しました。また、ソプラノのアグネス・バルツァのコンサートの伴奏も勤めました。
1993年−プロムス出演、極東ツアー
この年はロンドンのロイヤル・アルバート・ホールのプロムスに出演し、大好評でした。国際ハイドン週間では、前年に続き、フィッシャーさんのアイディアによる「子どものためのハイドン」のプログラムで、子供たちを喜ばせました。 また、10月には初の極東ツアーを行い、日本、台湾で演奏しました。東京などの大都市だけでなく、香川県の志度町でのハイドン音楽祭にも出演し、その模様は全国に放送されました。
1994年−ニューヨーク・デビュー94年には5月にル・マンで開かれた、フェスティバル・レポウでオラトリオ「四季」を演奏しています。また、8月1日にはモーストリー・モーツアルト・フェスティバルの一環として、ニューヨークのエイバリー・フィッシャー・ホールに出演し、有名なピアニスト、マルタ・アルゲリッチと共演しました。
1995年−トルコ・オランダツアーこの年は2月2日から5日までのフランス・ツアーで幕を開けました。この時はフィッシャーさんはチューリッヒの仕事などで参加できず、代わりに元ウイーンフィルのコンサート・マスター、エーリッヒ・ビンダーさんが指揮をしました。例年通り5月のフェスティバル・レポウに出演し、ブラームスのドイツ・レクイエムを演奏しました。さらに、7月にはトルコのイスタンブール音楽祭出演、アムステルダムでの公演と、大忙しでした。 9月の国際ハイドン週間では、オペラ「オルランド・パラディノ」を好演しました。
1996年−ロンドンでのマーラー演奏会96年はまず2月にフランスのナウンでのベートーベン・フェスティバルに出演し、3月にはロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホールで、マーラーの交響曲第4番を演奏しました。常連になっているル・マンでの「天地創造」に続き、国際ハイドン週間では、オラトリオ「七つの言葉」やウイーンフィルのメンバーをソリストに迎えた、シンフォニア・コンチェルタンテなどを演奏しました。
1997年−新たな10年に向けて今年1997年は、まず5月17日にオーストリアのグラーフェンネッグでのコンサートに続いて、7月21日にはコンセルトヘボウに出演します。アイゼンシュタットでは、9月16日と18日の2回、オペラ「月の世界」を公演し、さらに17日と21日の2回のコンサートがあります。 ニュースレターの先頭に戻る
ドイツ語ハンガリー語ミニ講座今回もホテルで有効な会話です。(先がドイツ語、後がハンガリー語。) .
朝食は含まれますか
Iもっと静かな部屋はありませんか。
いいです。これにします。
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編集後記今回は10周年記念特集号として、ハイドンフィルの10年の歴史を紹介しました。これらの資料はフィッシャーさんとMMMエイジェンシー同様、ファンクラブ会員のアグネス・ヴィナーさんや、ロバート・エィヴァリーさんに提供いただきました。ありがとうございました。 次号は、今回特集のため掲載できなかった、メトロポリタンオペラの「アイーダ」や、ニューヨークで開かれたファンクラブ会員の集いのレポートなどをお届けします。 ニュースレターの先頭に戻る
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