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アダム・フィッシャー & ハイドン・フィルハーモニー・ファンクラブ・ニュースレター「バラートム」とはハンガリー語で「私の友達」という意味です1997年8月1日 − 第16号 オペラ特集号 ブダペストのオペラ座の前で育ったフィッシャーさんは、オペラ指揮者としてもよく知られています。今回のバラートムは4月から7月までのコンサートレポートとともに、フィッシャーさんのオペラ指揮にスポットを当て、メトの「アイーダ」とチューリッヒオペラの「後宮からの誘拐」の報告をします。
コンサート・レポート、たくさんのシユピター交響曲メトの後、4月から7月にかけて、フィッシャーさんはヨーロッパで約15回のコンサートに出演しました。彼自身の決めた「今年のシンフォニー」はモーツアルトの交響曲41番「ジュピター」で、直筆符の写真版を入手して深く研究する熱の入れ様でした。 まず4月末にはイタリアを訪ね、フィレンツェのオーケストラ・デラ・トスカーナ、若手ヴァイオリニストのワディム・レーピンと共演しました。カラーラ、ピサ、ボローニャ、フィレンツェの4都市で公演し成功のうちに終了しましたが、アクシデントもありました。カラーラでの公演で、開演時刻になってもソリストのレーピンが会場に到着しません。オーケストラのマネージャーが大慌てで探しましたが、どこにいるのか全くわかりません。仕方が無いのでフィッシャーさんとオーケストラは、後半に予定されていた交響曲演奏し、次に序曲を演奏してコンサートを終了しました。後にわかったことは、単独で移動したレーピンは、町の名前を間違えて、カラーラではなく、フェラーラに行ってしまったのでした。 次の公演はオーストリアのグラーフェンネッグでのハイドンフィルとのコンサートでした。グラーフェンネッグはウイーンから1時間ほどの、城のある小都市で、コンサートは土曜日の夕方の定例コンサートとして企画されました。5月とはいえ夏を思わせる快晴で、オーケストラのメンバーは上着を脱いでの演奏でしたが、指揮者のフィッシャーさんは燕尾服に身を包み、文字通り汗だくの熱演でした。 ハイドンの告別交響曲はハイドンフィルの十八番の一つですが、いつものように第四楽章では一人一人立ち去るパフォーマンスで会場を沸かせました。次のモーツアルトのピアノ協奏曲ハ長調は、ウイーンで活躍中のティル・フェルナーを盛り上げた好演でした。 長めの休憩のあとは、モーツアルトの「ジュピター」です。この曲はハイドンフィルとしては新しいレパートリーですが、コンサートマスターのウォルフガング・レディクの活躍の元、メリハリの効いた、素晴らしいモーツアルトを奏でました。 アンコールも新しい曲で、チマローザの Il Matrimno Segreto からのセレナードでした。これはあまり知られていない短い曲ですが、とても楽しい作品で、アンコールには打ってつけです。フィガロや告別のアダージォのようにハイドンフィルのアンコールの定番になるのではないかと思います。 6月4日にはフィッシャーさんはスカンジナビアに飛び、ヘルシンキ交響楽団を指揮しました。コダーイ、ブラームス、シュトラウスを演奏し、ソリストはムーロバが務めました。 ハイドンフィルとのレコーディングの後、フィッシャーさんはドイツに戻り、モーツアルト・フェスティバルでバンベルグ交響楽団と共演しました。ここではジュピターと共に、レオポルド・モーツアルトの楽しい作品を演奏しました。これは、狩交響曲とも呼ばれるもので、狩の様子を描写した音楽です。たくさんのホルンが角笛をあらわし、ティンパニーの強打が銃声を模倣します。バンベルグ交響楽団は実行しませんでしたが、作曲者の指示によると、オーケストラが叫んだり、本物の犬が吠える個所もあるそうです。 フィッシャーさんはこの作品がとても気に入り、もしも指揮通りに吠える犬(6小節、繰り返し。)が見つかったら、飼い主ともどもアイゼンシュタットに招待し、作曲者の指示に忠実に従った本格版で演奏するということです。もしもそんな犬をご存知でしたら、ファンクラブに御一報下さい。 ニュースレターの先頭に戻る
ドイツ語ハンガリー語ミニ講座今回もホテルなどで有効な会話です。(先がドイツ語、後がハンガリー語。)
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編集後記アイーダ公演中の3月16日に、マンハッタンのレストランでファンクラブのミニミーティングが開かれました。ロンドンからのロバート・エイバリーさんやウイーンからのモラヴィッツ夫妻を始め、新入会員のダイアン・ベーアさんやニック・マウアーさんら数名が集まり、音楽の話やアメリカのステーキを堪能しました。 まもなく恒例の国際ハイドン週間です。9月17日のコンサートの後に、ハウプトショトラーセのレストラン「エーデル」で、もっと大きな会合を開きましょう。ホームページの読者の方も大歓迎です。 ニュースレターの先頭に戻る |
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2009 Adam Fischer & Haydn Orchestra Fan Club
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