素朴な質問コーナー

 

Adam Fischer on the phone  楽器の演奏法や音楽の解釈だけではなく、私たち一般のファンには、音楽家の生活等知りたいことがいろいろあります。ここはフィッシャーさんとハイドン・フィルハーモニーのメンバーに直接答えてもらうコーナーです。      

 是非とも聞いてみたい質問がある方は、 fanclub@haydnphil.org までお送りください。      

bullet歌手が公演中に歌えなくなったらどうするの?New
bulletオペラのリハーサル
bulletステージ・マネージャーの仕事
bulletプロンプターの仕事
bullet今後の計画は?
bulletマーラー6番の打楽器
bulletコレペティトァの仕事
bulletバイロイトの難しさ
bulletどうして古典派中心なのですか?
bullet首席奏者には何が重要?
bullet失敗から学んだ教訓(2)−外国語での冗談には要注意
bullet失敗から学んだ教訓(1)−国歌には手を出すな
bullet指揮者の役割って何ですか?
bulletオペラのアクシデント
bullet指揮の指示は何語を使うのですか?
bulletオペラの指揮はなぜ難しい
bullet交響楽団とオペラ・オーケストラの違い
bullet交響楽団の客演指揮者と音楽監督の違い
bulletウインナオーボエとフレンチオーボエ
bulletフィッシャーさんはどんなお父さんですか
bulletオペラについて 
bullet印象的なコンサート  
bulletドニゼッティから電話が?! 
bullet先輩指揮者との関係は?
bullet演奏中のハプニング
bullet年間の演奏回数
bullet指揮者の肩書き

歌手が公演中に歌えなくなったらどうするの?

 オペラにはトラブルが付き物ですが、もし主演歌手が公演中に歌えなくなったらどうするのでしょう。フィッシャーさんに聞いてみました。

「公演中断を決定できる、または異常事態に対応する権利を持っている人は、ステージ・マネージャー(ドイツではInspizient)です。幕を下ろすか、ステージに出てきて説明するのかは彼/彼女の仕事です。ステージ・マネージャーは全てについて責任があり、全ての情報が届く(はず)です。

80年代ミュンヘンのカルロス・クライバー指揮「椿姫」公演で、テノールのGiacomo Aragallが、第2幕のアリア開始直後に「ごめん、これ以上続けられない」と言ってステージを去った事件がありました。クライバーはアリア全曲をテノールなしで演奏し、その後カーテンが下りてステージマネージャーが、Aragallが体調不良なので、しばらく中断する旨放送しました。(結局Aragallは残りを歌い続けました。) チューリッヒやウイーンを含むドイツ語圏のオペラ座は、カバーと呼ばれる代役は用意しません。費用がかかりすぎるからです。全キャストのカバーと契約するニーヨークのメトでも、街にいれば良く劇場で待機する必要はありません。

私がチューリッヒでドン・カルロを指揮した時に、第4幕のアリアでBenackovaが歌えなくなったことがありました。そのときはステージ・マネージャーが出てきて、今日の公演はここで終わりと放送しました。だから人々はフィナーレを聞くことなく家に帰りました。この時もカバーはいませんでした。私はそのときのことをハッピーエンドのドン・カルロと呼んでいます。」

素朴な質問コーナーの先頭に戻る

 

オペラのリハーサル

総合芸術オペラの制作は、コンサートに比べると、遥かに複雑です。今回はオペラのリハーサルについて、フィッシャーさんに聞いてみました。
「指揮者はリハーサルの初期段階では、必要ありません。一般的なケースで、私はただいたいプレミアの2週間位前からリハーサルに参加します。レパートリー公演の場合は、ピアノ伴奏による歌手とのリハーサル数回ということもあります。オーケストラとのリハーサルは最終段階で、その前にはもっとたくさんのリハーサルがあります。

バイロイト音楽祭を例に取ると、ドイツの常設劇場のシーズンは6月末までなので、オーケストラのメンバーが集まるのは7月上旬です。「指輪」全曲のリハーサルですら、合計24回しかありません。その内12回はスタジオで、残りはステージで行ないます。私は「ラインの黄金」と「神々の黄昏」第一幕を二つに分け、残りは1回のリハーサルで1幕をカバーするようにしています。その後に、3サイクル目のリハーサルはゲネラルプローベですが、バイロイトの場合、招待客で満員なので、本番とほとんど同じです。」

2004年のバイロイトのリハーサルは、例年同様6月20日から始まるそうです。


素朴な質問コーナーの先頭に戻る

 

ステージ・マネージャーの仕事

前回のプロンプターと同じく、聴衆には馴染みの薄いオペラの世界の影の主役、ステージ・マネージャーについてフィッシャーさんに聞いてみました。
「ステージ・マネージャーは当日の公演の責任者です。彼はタイミングをチェックし、ステージセットをコントロールする技術者に合図を送ります。また、指揮者にも演奏開始可能の合図します。お客さんが着席し、電気が消えてオーケストラが準備OKでも、ステージ・マネージャーの合図が無ければ音楽を始めることはできません。ステージのアクションによっては、テンポを速めたり遅くしたり要求することもあります。指揮者の手元には緑と赤の電球があり、緑は続行可能ですが、赤はステージの事故かもしれないので、音楽を停止しなければなりません。」

素朴な質問コーナーの先頭に戻る

 

プロンプターの仕事

聴衆には見えなくても、オペラの世界で重要な職業の一つにプロンプターがあります。今回はフィッシャーさんにプロンプターの役割について聞いてみました。


「プロンプターというのはある意味指揮者のアシスタントで、指揮のモニターを見ながら歌手にキューを出します。プロンプターに要求される知識というのはコレペティトァ(歌手のコーチ)と共通しています。でも、経験を積んだコレペティトァは指揮者になりますが、多くの劇場ではプロンプターは独自の部門に属し、指揮者になることはありません。それぞれの劇場には独自のスタイルがあり、例えばウイーンやバイロイトでは、プロンプターも歌手を指揮しますが、ミュンヘン・オペラではキューを出すだけで指揮はしません。プロンプターが勝手にテンポを指示すると、歌手とオーケストラが同調しないので、指揮者にとってプロンプターとの意思の疎通はとても重要です。ですから、普通は同じプロンプターが一連の公演を担当します。」

素朴な質問コーナーの先頭に戻る

 

今後(2004/05年)の計画は?

マンハイム就任以来、フィッシャーさんの公演回数は大幅に増え、2002年は108回を数えました。ヨーロッパで引っ張りだこのフィッシャーさんに、今後数年の計画を聞きました。

「マンハイムとの関係は2004年以降も継続します。ただし公演数は現在の半分にし、特別プロジェクトが中心になります。ハイドンフィルやデンマーク・ラジオ・シンフォニエッタとの活動は今まで通りで、特にデンマークとはモーツァルトの初期のオペラのコンチェルタンテ上演と、レコーディングを予定しています。その他2005年からバンベルグ交響楽団と定期的に共演する予定です。また今年共演して好評だったウイーン響も、2年後に再び指揮する予定です。

バイロイトに関しては、ニーベルングの指輪は来年までで、2005年はお休みするつもりです。2006年以降に戻りたいとは思うのですが、音楽祭事務局もまだ詳細は決定していないので、現時点ではわかりません。また、2005年からは8月後半にアイゼンシュタットでオペラ祭を予定しています。これはいままではイドンターゲで上演したオベラをリバイバルするもので、期間中に12回位の公演を行います。」

相変わらず活発なフィッシャーさんですが、最近特に白髪が増えてきたようで、健康には十分注意して欲しいものです。

素朴な質問コーナーの先頭に戻る

 

マーラー6番の打楽器

マーラーの交響曲第6番といえば、ハンマーを始め多くの打楽器が使われますが、フィッシャーさんはどのような工夫をしているのでしょうか。直接フィッシャーさんに聞いてました。

「マーラー交響曲第6番はハンマーが2回の版と3回の版があります。私自身それほど確信は無いのですが、は3回の方がより残酷な気がして、演奏では3回にしています。また、マーラー自身が複数のシンバルを使うように指定していますが、これに関してはオーケストラの自主性を尊重しています。マンハイムでは3つ使いましたが、バンペルグでは1つだけでした。また、バンベルグ響との共演ではハンマーで火薬を叩いて大きな音を出しましたが、あれはバンベルグ響の打楽器奏者の発明です。」どうやら、いろいろ試行錯誤を行っているようですね。

素朴な質問コーナーの先頭に戻る

 

コレペティトァの仕事

リチャード・ルイスフィッシャーさんを始め、多くの指揮者がそのキャリアの第一歩をコレペティトァとしてスタートします。このコレペテァトァはどんな事をするのでしょうか。マンハイムの現役コレペティトァのリチャード・ルイスさんに聞いてみました。

「歌手のリハーサルに付き合ってピアノを伴奏するのが主な仕事です。それ以外には舞台裏で演奏する奏者の指揮をすることもあるし、経験を積むと、本公演を指揮することもあります。それ以外にもいろいろ雑用もする、何でも屋です。オペラの作品を知るのは勿論ですが、特にその演出のカットについて、詳しい知識が必要なので、勉強は欠かせません。」

ルイスさんはスコットランド出身、フィッシャーさんのお嬢さん、ゴルダさんと同じエジンバラ大学で学びました。2000年のハイドンターゲの"L'incontro Improvviso"の製作にも携わり、大学卒業後、今シーズン始めからマンハイムで働いています。

素朴な質問コーナーの先頭に戻る

 

 

 

バイロイトの難しさ

皆さんがこの会報をお読みになるころは、フィッシャーさんはワグネリアンの聖地バイロイトで「ニーベルングの指輪」公演の真っ最中です。この劇場はワーグナーの作品のために建てられたもので、通常のオペラハウスとは異なることでも知られています。本番直前のフィッシャーさんに、祝祭歌劇場での指揮の難しさについて聞いてみました。

「ご存知かもしれませんが、バイロイト祝祭歌劇場のオーケストラピットは舞台の下に位置し、客席からは見えません。指揮者の後ろには壁があり、オーケストラの音はこの壁にあたって反射して舞台上に届きます。舞台上の歌手はその音を聞きながら歌うわけです。歌手が舞台の手前にいるときは良いのですが、奥に立つ場合は距離を考えて、指揮者が早めに指示しないと、オーケストラと合わなくなってしまいます。僅か1回の舞台上でのリハーサルで、これらの問題を洗い出し、必要ならば変更しなければいけません。確かにそれが指揮者の仕事なのですが、だからといって簡単ではありません。オペラの経験のない指揮者は祝祭歌劇場ではとても無理でしょう。また、ピットが覆われているのでオーケストラは通常よりも大きな音を出す傾向があります。ピットの音だけでは客席の音響を判断できないため、リハーサルではアシスタントを客席に配置して、電話でやり取りしながら進めています。」

素朴な質問コーナーの先頭に戻る

  

どうして古典派中心なのですか?

近年コンサートホールやオーケストラのサイズそのものが大型化し、演奏されるレパートリーも、ワーグナーやブルックナーなど、後期ロマン派の作品が中心になっています。そんな中で、なぜフィッシャーさんは古典派にこだわるのでしょうか。その点について、直接聞いてみました。

「一般に古典派の音楽は決められた形式に従っていますが、これは作曲家に対する制約です。もともとこの時代は、楽譜にすべてを記載する習慣が無く、暗黙の決まりに従って即興的に演奏していました。つまり、演奏者が自由に解釈することを前提にしています。これに対して、後期ロマン派の代表者マーラーは、演奏者の独自な解釈を嫌い、細部まで細かく指定しました。指揮者にとって後期ロマン派の作品は、作曲家の指示通りに演奏すれば失敗が無く、比較的易しいといえます。これに対して古典派の作品は、いかにオーケストラが優秀でも、指揮者が想像力を駆使して工夫をしないと、良い演奏にはなりません。ですから私は、ハイドン、モーツァルト、ベートーベンなどの古典派を中心に演奏したいと思っています。」

 

素朴な質問コーナーの先頭に戻る

首席奏者には何が重要?

 今回は読者の能登屋裕子さんからいただいた質問です。オーケストラのオーディションで首席奏者を選ぶ場合、何を重視するか、フィッシャーさんに聞いてみました。

 「とても良い質問ですが、いろいろな要素があるので、簡単には答えられません。例えば、フルート首席奏者が個性的ならば、オーボエの首席は協調的なプレーヤー、クラリネットは個性的、と他のセクションとのバランスが必要だからです。管楽器の場合、個性的な首席奏者は二人欲しいですが、それ以上いると収集がつかなくなってしまいます。どこに個性的な奏者を配置するかは、音楽監督のテイスト次第といえるかもしれません。
弦楽器の場合は特に、リーダーシップも重要です。技術的に素晴らしい奏者でも、オーケストラの向かっている方向と逆の方向にセクションを導くようなタイプは、首席には適しません。その点、第一ヴァイオリンとチェロセクションは、比較的自由に演奏できるのですが、第二ヴァイオリンとビオラは、他のセクションを妨げないようにしながら、自己主張しなければならないので、とても難しいですね。今回共演した、ロサンジェルス・フィルハーモニックのビオラセクションは本当に素晴らしいですね。今まで共演した中でも最高の部類に入ります。
首席奏者にとって重要なのは、技術よりも音楽性であるのは確かですね。」
 

みなさんも、オーケストラに対する疑問や、フィッシャーさんに聞いてみたい質問がありましたら、是非、ファンクラブ宛てにお送りください。

素朴な質問コーナーの先頭に戻る

失敗から学んだ教訓(2)ー外国語での冗談には要注意

 今回は前号に続いて、フィッシャーさんの、面白い失敗談と、それから学んだ教訓です。

「94年にメトロポリタンオペラで『セビリアの理髪師』を指揮した時のことです。第一幕の冒頭で、ジプシー楽団に扮した合唱団が馬車に乗って登場します。この作品の合唱は男声だけですが、演出の都合上女性も含まれていました。第一幕のリハーサルが終わった後、馬が必要かどうか聞かれました。この馬は第2幕もわずかに登場するのですが、重要ではないので、半ば冗談で、"Horse can go home"(馬は帰っていいけど、他はダメ)と言いました。すると、オーケストラの男性陣が、『それは合唱団だけですか、オーケストラは含まないのですか。』と笑いながら聞くのです。私は、なぜそんなこと言っているのか分からなくて、大きな声でもう一度、"Horse can go home"と叫びました。オーケストラは大笑いです。どうやら、私のハンガリー風の英語の発音のHorseが、Whoresに聞こえたらしいのです。私は知らなかったのですが、これは英語で売春婦を意味するんですね。だからオーケストラの男性奏者が笑っていたのです。とにかく、外国語で冗談を言うのは難しいので要注意ですね。下手をすると、なぜ笑っているのかわからずに、大恥をかきますからね。」

素朴な質問コーナーの先頭に戻る

失敗から学んだ教訓(1)ー国歌には手を出すな

 数多くの公演を指揮しているフィッシャーさんですが、過去の失敗からも、多くを学ぶことがあります、今回はちょっと面白い失敗談と、それから学んだ教訓について聞いてみました。

「ドイツの国歌はハイドン作曲ですが、オーストリアの国歌はモーツアルトが原曲です。でもあまりモーツアルトらしく演奏されません。昔、ブルゲンツ音楽祭に招かれた時、演奏会の最初にオーストリア国歌を演奏することになっていました。当時まだ若くおろかだった私は、国歌をモーツアルト風にアレンジして演奏したのですが、みんな怒りだして大変でした。翌日の批評は実際の演奏そっちのけで、国歌のことを取り上げて非難していて、それがもとでブルゲンツ音楽祭には二度と招待されませんでした。とにかく、それがどんなに作曲者の意図に反していても、国歌に手をつけるのは止めたほうがいいですね。だから昨年のハリウッドボウルでアメリカ国歌を演奏した時は緊張しました。オーケストラも聴衆も良く知っているのに、当の指揮者が全く知らないのですから。オーケストラのおかげで何とかなりましたが、通常ドラムロールで始まるのに、プログラムの都合で打楽器がなかったりして、ちょっと困りました。仕方がないので、コントラバスのトレモロで始めたのですが、怒り出す人がいなくて良かったです。」

素朴な質問コーナーの先頭に戻る

指揮者の役割って何ですか?

聴衆から見た指揮者というのは、コンサートの本番に指揮棒を振っているだけのようにも見えますが、実態はどうなのでしょうか。フィッシャーさんに少しだけその内側を聞いてみました。

「指揮者の役割というのは、大きく分けて二つあります。一つは誰でも想像するように、曲のテンポやアクセントといった、解釈を決定することです。もう一つのより重要な役割は、オーケストラのメンバーの面倒を見て、演奏し易い環境を作ることです。例えば、弦楽器の首席奏者はボウイングを決定して、各セクションに伝えなければいけないのですが、指揮者がテンポを指示しないと、ボウイングは決められません。一度決めたボウイングを後で変更すると、連鎖反応で他にも影響が出るので、簡単にはいきません。だから、手後れにならないうちに指示を出すのはとても大切です。

このように、心理面も含めてオーケストラの疑問を解決し、納得して演奏できるようにするのは、指揮者の仕事です。オーケストラ側としては、後者を重視するタイプを期待して、指揮者を招くのですが、実際は前者しか考えない指揮者が多いのも事実です。今まで数多くのオーケストラと共演しましたが、どのオケも、私の音楽を表現するように、全力を尽くしてくれます。そういう意味で、悪いオーケストラは存在しません。悪い演奏会は結局指揮者に責任があります。」

素朴な質問コーナーの先頭に戻る

オペラのアクシデント

 ハリウッドボウルではいくつかのアクシデントに見舞われたフィッシャーさんですが、演劇の要素を含んだオペラでは、もっと傑作なアクシデントがあります。フィッシャーさんに聞いてみました。

 「私は出演していませんが、ウイーン国立歌劇場の歴史に残るハプニングは『トスカ』です。どういうわけか、銃殺隊の役者が、第三幕の前に帰ってしまいました。処刑の準備もできて待っているのに、銃殺隊が出て来ないのです。仕方が無いので、カヴァラドッシが一人芝居で撃たれたふりをして、舞台を進めたそうですが、お客さんは大笑いだったそうです。

 私が指揮をしていた公演で、最も記憶に残るアクシデントは『オテロ』です。第一幕で人々が争っているとき、オテロが登場し、「争いをやめよ」という一声で静まります。ところがある公演で、オーケストラも舞台上の役者も静まりかえったのに、肝心のオテロが出てこなかったんです。結局15秒程沈黙が続きました。こういう時、指揮者は普通の人より遥かに動揺が大きいですね。何とか舞台を進行させなければならないんですから。この時は、どうやらオテロは舞台の裏で迷っていたらしいんです。」

素朴な質問コーナーの先頭に戻る

指揮の指示は何語を使うのですか?

 世界中のオーケストラと共演する指揮者にとって、語学はとても重要ですが、普段何語を使って指示するのでしょうか。フィッシャーさんに、聞いてみました。

 「ハイドンフィルの創立以来、誰でも母国語で参加できることをモットーにしています。だからハイドンフィルの公用語はドイツ語とハンガリー語です。ただ現実にはハンガリー人達はドイツ語が分かりますが、オーストリア人はハンガリー語を理解しないので、主な指示はドイツ語で行い、ハンガリー語での指示は短く圧縮して伝えます。その他のオーケストラの場合は、ドイツ語または英語で指示をします。スカンジナビアのオーケストラなど、ドイツ語も英語も通じ無い場合は、イタリア語を使います。私のイタリア語は会話ができるほどではありませんが、音楽用語はイタリア語が多いので、音楽家同士ならばは意志の疎通はできます。

 それでも過去に言葉の問題で困ったこともあります。東京でハンガリー国立響とバルトークの『青髭公の城』を、コンサート形式で上演したときです。進行に合せて字幕を映すので、確認して欲しいと頼まれたのですが、日本語は読めないので、全くお手上げでした。」

素朴な質問コーナーの先頭に戻る

オペラの指揮はなぜ難しい

 前回はオーボエ奏者のハインリッヒスさんに、オペラと演奏会の違いを説明してもらいましたが、今回はフィッシャーさんに、オペラ指揮の難しさについて聞きました。

 「コンサートはリハーサルも多いし、アクシデントも少ないので芸術性を中心に考えることができます。ところが、オペラは照明や演出など、演劇としての要素の加わるので、芸術性だけではすみません。たとえば、作曲家がゆっくりと指定したところでも、演出家が激しい動作を要求すると、息が続かないので歌手はゆっくり歌えません。新演出の場合には、演出家と指揮者が相談して解決しますが、レパートリー公演の場合、あまり変更はできません。歌手の立つ位置によっては、声が通り難いこともあるし、舞台の特殊効果と音楽が連動しなければならない事も有ります。チューリッヒやウイーンなどのオペラ座は公演数が多いので、通常はたった1回のリハーサルで、これらのことを全て判断しなければなりません。本番でも歌手の調子が悪いときにサポートするなど、常に臨機応変に対応しなければなりません。

 オペラ指揮者は作品だけでなく、演出や出演者の特徴、舞台装置、照明等の物理的制約なども熟知しなければならず、経験がものを言います。オペラに慣れていない指揮者には、このあたりは難しいでしょう。

 でも、良いオペラ公演は悪いコンサートに優るし、良いコンサートは悪いオペラに優ります。私自身にとっては、両方重要で、どちらが良いとは言えません。」

素朴な質問コーナーの先頭に戻る

交響楽団とオペラ・オーケストラの違い

 祝祭管弦楽団のハイドンフィルは、毎年若干のメンバーの変更があります。今回初めて参加した、チューリッヒ・オペラの主席オーボエ奏者、ベルンハルド・ハインリッヒスさんに、交響楽団とオペラオーケストラの違いを伺いました。

「交響楽団とオペラ・オーケストラは、実際にはずいぶん違います。オペラはコンサートよりも長いですし、ほとんど毎日違う演目を演奏するので、リハーサルの時間が限られます。レパートリー公演の場合は、リハーサルは一回しかありません。また、舞台上で演技をしながら歌う歌手を良く聞き、サポートしなければいけません。十分なリハーサルを繰り返し、譜面どおりに演奏する交響楽団に比べると、オペラ・オーケストラは即興も必要で、ジャズの音楽家に近いものがあります。

 実を言うと、ミュンヘンでオーボエーを勉強していた時は、オペラには興味が無かったんです。でも、先生に「オペラにはいい作品がたくさんある。これを知らないのは音楽家としてもったいない。」と言われ、オペラを演奏する様になりました。今は全く同感です。それに、チューリッヒ・オペラ・オーケストラは月に2回演奏会があるので、交響楽団としても演奏しています。」

 ハインリッヒスさんはチューリッヒだけでなく、札幌で開かれたパシフィック音楽祭に講師として参加するなど、国際的にも活躍しています。

素朴な質問コーナーの先頭に戻る

交響楽団の客演指揮者と音楽監督の違い

以前フィッシャーさんに指揮者の肩書きについて答えてもらいましたが、今回はもう少し具体的に、交響楽団の客演指揮者と音楽監督の役割の違いについて説明してもらいました。

 「指揮者はよくオーケストラのことを馬に喩えます。そうすると、客演指揮者は騎手で音楽監督は調教師にあたります。乗馬競技会では競技の前日に、騎手に馬が割り当てられます。騎手にとって最も大切なのは、短時間で馬の性格や能力を読み取り、その馬が跳べる最高の高さを跳び、最高の速さで走るようにすることです。同様に、客演指揮者の役割は通常2〜3日の限られたリハーサルで、オーケストラの長所を見極め、オーケストラの出来る最高の演奏をすることと言えます。

 これに対して、調教師はその馬がより高く跳び、より速く走るように、馬の能力そのものを向上させる役割を持っています。交響楽団の音楽監督の役割も、オーケストラの能力を向上させ、数多くの客演指揮者の要求に応えられる様にすることです。そのためには、指揮者自身の志向に関わらず、数多くのレパートリーを演奏しなければなりませんし、一流の演奏家達を率いる強い性格も必要です。

 私個人が目標にしている指揮者はカルロス・クライバーやニコラウス・アーノンクールですが、どちらも交響楽団の音楽監督には就任せず、客演指揮者として得意のレパートリーを演奏していくタイプです。私もコンサートでは、ハイドン、モーツアルト、ベートーベンなどの古典派とマーラーの作品を中心に、客演指揮者として活動していきたいと思っています。」

素朴な質問コーナーの先頭に戻る

 ウインナオーボエとフレンチオーボエ

 今回はホームページ読者からの質問です。ウイーンフィルなど一部のオーケストラは独特のオーボエを使っていますが、通常のフレンチオーボエと何処が違うのでしょうか。ハイドンフィルの主席オーボエ奏者で、ウイーン交響楽団でもイングリッシュホルンを兼任するペーテル・シュライバーさんに聞いてみました。

「ウインナオーボエは、古いドイツ式のオーボエに由来しています。今世紀に入ってドイツ式オーボエは、19世紀末に開発されたフレンチオーボエに取って変わられ、現在ではウイーンとその近郊のバーデンで演奏されるだけです。約30人のプロの演奏家と20〜25人の生徒がいます。ウイーンから150〜200キロしか離れていないリンツやグラーツでも、他の地域と同様にフレンチオーボエが使われています。

 最も重要な違いは、ウインナオーボエは管の先が細くなっていて、楽器の途中に2つの瘤があることです。そして、リードも異なります。ウイーン式はフランス式のものよりも短くて、太いリードを使います。ウインナオーボエの方が倍音を多く含んだ、クリアーな音がします。

 1970年代にはウインナオーボエ奏者は、楽器を手に入れるのにとても苦労しました。ウイーンの二人のオーボエ職人の一人は健康を害し、もう一人は新しい楽器を作らなくなってしまいました。その結果、若い良い演奏家が減り、オーケストラはフランス式オーボエに切り替えなくてはなりませんでした。

 16〜17年前からウインナオーボエを作っているヤマハによって、この問題は解決しました。楽器が入手し易くなったので、生徒は増え、演奏の水準はより高くなっています。現在ではさらに二人のオーボエ職人が、ウインナオーボエを作っています。また、フレンチオーボエの職人にもウインナオーボエを作ってもらう試みも行っています。

 近頃はウイーン式のイングリッシュホルンやオーボエ・ダモールを手に入れるのが困難ですが、私たちは状況を改善しようとしています。その試みの一つとして、ウインナオーボエ友の会を組織しました。興味のある方は、誰でも歓迎です。」

Gesellschaft der Freunde der Wiener Oboe
c/o Volksoper Wien / Josef Bednarik,
Wahringer Str. 78, A-1090 Wien. Austria.

素朴な質問コーナーの先頭に戻る

 フィッシャーさんはどんなお父さんですか。

 毎年9月のハイドンターゲではエネルギッシュに大活躍のフィッシャーさんですが、普段家庭ではどんなお父さんなのでしょう。今回はフィッシャーさんの家庭での素顔について、お嬢さんのゴルダさん(Who*s who参照)に聞いてみました。

「家ではときどき会話の途中に突然考え込んで、話しかけても聞こえないことがあります。それから家ではよく寝ています。また、母の弟のハンスと時々チェスをしたり、政治の話をするのが好きですね。毎年9月は大忙しで、ほとんど家にいないのですが、今年は一緒に仕事ができて、とてもうれしいです。この一月口論しながらも一緒に過ごしていますが、たぶん私の人生の中で、最も長く一緒にいたんじゃないでしょうか。」

素朴な質問コーナーの先頭に戻る

オペラについて

 今回はオペラ指揮者のフィッシャーさんに、過去の経験やエピソードについてお聞きしました。  

オペラと照明 − 過去の失敗談

 「オペラにおいて照明はとても重要です。制作の早い段階に決定され、衣装の色などにも影響するため、簡単には変更できません。かなり以前にカールスルーエでセビリアの理髪師の新制作を指揮した時のことです。オーケストラが歌を聞きやすいように、ピットを高くするようにお願いしました。演出側にも受け入れられて、注意深く準備を進めていきました。ところがプルミエ3日前の最終リハーサルになって、ピットの譜面灯が明るすぎて舞台照明の邪魔をすることがわかりました。結局譜面灯の数を減らすことで対応しましたが、オーケストラと照明が大喧嘩で大変でした。
 この経験から、新制作の照明リハーサルでは譜面台に白い紙を置いて、譜面灯を点灯して行うようにお願いしています。」

 

ラインの黄金 − 指揮者とエルダはすれ違い

 「通常のオペラはほとんど休憩時間がありますが、ラインの黄金は数少ない、休憩無しで上演されるオペラです。だいたい7時半頃に始まり、10時過ぎに終了しますが、出演者の中でも大地の女神エルダは9時半頃に登場し、5、6分の短い、とても難しいアリアを歌って、それでおしまいです。
 私はウイーン国立歌劇場で何度もラインの黄金を指揮していますが、エルダ役のクリスタ・ルードウィヒに一度も会ったことがありません。そんな短いアリアのリハーサルは無いし、彼女がオペラ座にやって来る時には、私はもうピットにいます。ほんの数メートル先で彼女が歌っていて、私は伴奏をしているのに会ったことがないというのは、本当に不思議です。いつか個人的に会ってお話したいと思っているのですが。」

素朴な質問コーナーの先頭に戻る

印象的なコンサート

 ハイドンフィルの過去10年を振り返って、思い出深いコンサートについて、フィッシャーさんにお聞きしました。

 「関係者は皆同じ意見だと思うのですが、一番良かったコンサートは、93年のロンドンのプロムスでの公演です。商業的にもこれは大成功でした。私個人が特に良かったと記憶しているものは、初めてバリトンのトマス・クァストフと共演したコンサートです。また、ペーター・シュライヤーと共演するはずだったコンサートもとても良く覚えています。これは元々彼が主役のコンサートだったのですが、病気のため出演できなくなり、プログラムを変更しました。開演に先立ち、私自身がチケットを払い戻すアナウンスをしたのですが、実際に願い出たのはたったの四人で、残りは皆私たちのコンサートを楽しんでくれました。これは本当にうれしかったです。」

素朴な質問コーナーの先頭に戻る

ドニゼッティから電話が?!

 旅行の多い音楽家必須のハイテク機器といえば、何といっても移動電話です。フィッシャーさんも例外ではなく、上着のポケットに入れて持ち歩いています。でも意外なときに意外な人物から電話がかかってきて、びっくりすることもあります。今回は、そんなエピソードについてフィッシャーさんにお聞きしました。

「96年の9月にチューリッヒでドニゼッティの Linda di Chamounix を指揮したときのことです。公開の最終リハーサルの最中に電話が鳴り出して、びっくりしました。本番ではないのですが、関係者など一般の観客もたくさんいました。早く止めようと思ったのですが、買ったばかりでスイッチがどこだかわからないし、もちろん指揮はしなければならないしで、とにかく大変でした。オーケストラは大笑いで、『テンポが速すぎるから、ドニゼッティが怒って天国から電話をかけてきた。』なんて言っていました。でも、知り合いの中にはもっとかわいそうな例もあって、ウイーンフィルのコンサートで、重要なソロの最中にホルン奏者の胸のポケットの電話が鳴り出して、止めたくても両手がふさがっていて止められなかった、なんてこともありました。」

 因みに、フィッシャーさんにかかってきた電話の主は、ドニゼッティではなくて、ハイドン・フィルハーモニーのマネージャー、クリスタ・レディクさんでした。

素朴な質問コーナーの先頭に戻る

先輩指揮者との関係は?

 指揮者は孤独な職業だと言う人もいます。確かにオーケストラとは異なる立場ではあります。それでは先輩指揮者との関係はどうでしょうか?フィッシャーさんに、親しい指揮者について聞いてみました。

ニコラス・アーノンクール

「彼から指揮者になったきっかけを聞いたことががあります。彼はもともとウイーン交響楽団のチェロ奏者だったのですが、ある時とても有名な指揮者とともに、モーツアルトのト短調の交響曲(第40番)のリハーサルをしました。ところがこの指揮者がとてもひどかったので、オーケストラは全く言うことを聞かずに好き勝手に演奏し、最後には指揮者が腹を立てて、倒れてしまいました。アーノンクールは、こんなひどい指揮者に指揮されるよりは、自分が指揮した方が良いと思ったそうです。なかなかその指揮者の名前を教えてくれなかったのですが、何度も聞いたら、こう答えてくれました。『それはカール・ベームだよ。』」

カール・ベーム

「そのカール・ベームに最初に会ったのは、まだ私がウイーン国立歌劇場のトレーナーをしていた頃でした。何しろ有名なマエストロなので、とても緊張してピアノを弾いていたら、『君、楽譜は黒い音符だけ弾けばいいんだ。白いところまで弾けとは言ってないよ。』と厳しい口調で注意され、とても落ち込んでしまいました。後に、彼は私だけでなく、若い音楽家をしごくということがわかり、親しくなりました。そして、彼が病気で倒れたときには、ベートーベンのフィデリオの代役に彼自身が私を推薦してくれました。
 アーノンクールもベームもとても異なるタイプの指揮者ですが、その両方と親しいのは、私くらいですよ。」

素朴な質問コーナーの先頭に戻る

演奏中のハプニング

 生の演奏には思いもよらないハプニングが起きることがあります。今までの経験をフィッシャーさんに語ってもらいました。

その1−指揮棒はどこへ

 「以前コンサート中に指揮棒を客席に放り投げてしまったことがあります。その場は何とか手で指揮してすませましたが、その後、休憩時間にコンサートマスターが届けてくれました。指揮棒を拾ったお客さんが舞台に投げたところ、退場間際のコンサートマスターが見事にキャッチしたので、時ならぬ大喝采でしたよ。」

その2−ハエが作り出す迷演奏

 「アトランタで演奏中にハエが飛んできました。邪魔なので左手で振り払おうと思いましたが、注意しないとオーケストラが反応してアクセントをつけてしまうので大変でした。でもあれが蜂じなくてよかった。もし蜂だったら、まるでチャップリンの映画ですからね。」

素朴な質問コーナーの先頭に戻る

年間の演奏回数

今回は年間の公演回数についてフィッシャーさんに聞いてみました。

 「1995年の9月から12月までの4カ月間に、コンサートとオペラを合わせて、アイゼンシュタット4回、アトランタ3回、ニューヨーク6回、チューリッヒ6回、ハンガリー国立響とのオーストリア公演と、合計22回ありました。これを3倍すると、年間60〜70公演位だと思います。以前にカッセルの音楽監督をやっていた頃は、年間100回を越えていましたよ。」

 上記の答につけ加えると、各公演の前にはリハーサルがあります。その期間はコンサートの場合は2〜3日、オペラの場合は数週間にも及びます。仮に公演回数3倍のリハーサルをしたとすると(もちろん同一演目で複数の公演がある場合、その都度リハーサルするわけではありませんが)、リハーサルだけで約200日、合計で年間約260日指揮することになります。これにはレコーディングや新しい作品の勉強、都市間の移動は含まれていません。指揮者とは何と忙しいなのでしょう。とにかく健康には十分に気をつけて欲しいものです。

素朴な質問コーナーの先頭に戻る

指揮者の肩書き

 指揮者にはにはいろいろな肩書きがありますが、どうも今一つにはわかりにくいところがあります。そこで、主な肩書きの違いについて、フィッシャーさんに直接聞いてみました。

 「主任客演指揮者というのは基本的にはゲストです。つまり、オーケストラ側は招聘するけれども指揮者側がそれを受けるかどうかは自由です。常任指揮者になると、一年の内何回のコンサートを指揮するかが契約に盛り込まれます。その日程は交渉の上決めますが、規定の回数は必ず指揮しなければいけません。音楽監督というのはオーケストラの人選や演目の選定、客演指揮者、ソリストの選択などの芸術面に関する大きな権利を持っています。それぞれは全く異なるんですよ。」ということでした。現在フィッシャーさんはハイドンフィルハーモニーの音楽監督とマンハイム国立劇場のオペラ監督およびデンマーク・ラジオ・シオフォニエッタの常任指揮者の肩書きを持っています。 (2002年8月現在)

素朴な質問コーナーの先頭に戻る

 

Content © 1996 - 2008 Adam Fischer & Haydn Orchestra Fan Club 
Send comments to: fanclub@haydnphil.org