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「アルバのアスカニオ」新制作 − マンハイム・モーツァルト週間2005
ウォルフガング・アマデウス・モーツァルトは1756年1月27日に生まれ、1791年12月5日になくなりました。その短い一生の間にモーツァルトはマンハイムを訪ね、当時世界一だった宮廷楽団の演奏を想定して重要な作品を残しました。 マンハイム国立劇場のGMDに就任以来、フィッシャーさんはモーツァルトの伝統を重視し、2001年から命日の週にモーツァルト週間を開催しています。 今年のオープニングは初期の作品「アルバのアスカニオ」が取り上げられました。1771年10月にミラノで初演されたこの作品は、15歳のモーツァルトが女帝マリア・テレジアの息子フェルディナンド王子の結婚を祝して作曲しました。元のストーリーは、女神や英雄、要請などが登場するおとぎ話ですが、演出のデビッド・ヘルマンとクリストフ・ヘッツァーは、とても抽象的な演出に仕上げました。 イタリア語のレチタチーヴォをすべて省き、代わりにドイツ語で内容を説明する「旅人」役二人を追加した演出は、字幕を読む必要が無いので、お客さんには好評でした。別の面白いアイデアは第2幕の3Dメガネです。舞台上には不思議な抽象模様が描かれてあり、普通の状態では意味不明でも、休憩時間に配られた3Dメガネを使うと、そのパターンが立体化してアスカニオとシルヴィアの間の障害を形成します。 フィッシャーさん特有の弦楽器のシャープなボウイングや木管楽器のダイナミックなアクセントは健在で、マンハイム国立劇場オーケストラの素晴らしい演奏により、若きモーツァルトの作品を好演しました。メゾ・ソプラノのマリー・ベレ・サンディスがシルビア役を美しい歌声で歌い、イリス・クピケはコロラトゥーラを駆使したフラウノで喝采を受けました。アスカニオ役がプレミアの当日病気でキャンセルするというハプニングがあったものの、モーツァルト週間の一環として開催されていた、クリスタ・ルードウィッヒのマスタークラス参加者の若きカウンターテナー、ペーター・レーコプフがリハーサルなしでアスカニオ役を歌い、聴衆からの暖かい喝采を受けました。 フィッシャーさんはこの他、「後宮からの逃走」「コジ・ファン・トゥッテ」「レクイエム」と、一週間に5回の公演を指揮する、相変わらずの大活躍でした。
オランダ国立オペラの「ルチオ・シッラ」2006年1月の生誕250年に向けて、世界各地のクラシック音楽団体はモーツァルトの無名の作品の上演を計画していますが、その先陣を切ってオランダ国立オペラは初期のオペラ「ルチオ・シッラ」を制作しました。 天才モーツァルトはこの作品を17歳の時に作曲し、ミラノのテアトロ・ドゥカレ1772年シーズンの開幕を飾っています。アダム・フィッシャーはすでにデンマーク・ラジオ・シンフォニエッタを指揮してコンチェルタント形式の演奏を行い、CD録音も完了しています。 今回はオランダ室内オーケストラが国立オペラ座のピットで演奏しました。 新制作のプレミアは12月3日で、マンハイムのアスカニオのプレミアの2日前でした。その後2・3日おきに合計10公演があり、フィッシャーさんはマンハイムとアムステルダムを何回も往復するハードスケジュールでした。 独特のボウイングを用いたダイナミックな伴奏で、フィッシャーさんは美しいアリアを盛り上げました。また、オーケストラや合唱団への指示も明確で、楽員のやる気をひきだした、素晴らしい演奏でした。ドイツの新聞の批評も、「これほど完璧なモーツァルトはめったに聴けない」と好評でした。 歌手陣では、タイトルロールのルチオ・シッラにジェフリー・フランシス、チンナにシンディア・ジーデン、フィッシャーさんとの共演も多いヘンリエッテ・ボーデ・ハンセンやヨハネス・チュムなども活躍しました。 好評につきチケット売り切れの公演も続出するほどで、12月18日は地元ラジオで生中継されました。
マンハイム音楽監督最終シーズン開幕
その1週間後の10月1日には、マンハイム国立劇場は第226シーズンがモーツァルトの「後宮からの逃走」新制作で開幕しました。昨シーズン「コジ」の成功に続いて、イェンス・ダニエル・ヘルツォグが演出を担当しました。 このオペラは作られた当初から、現実的な物語ではありません。たとえばトルコが舞台なのに、物語はドイツ語で展開します。マンハイムの演劇部門のチーフであるヘルツォグは、メチャクチャなストーリーに筋を通して、現実に近づけることに成功しました。 物語の舞台はマンハイムのトルコ人居住区。オスミンは管理人でセリムはビルの持ち主並びに2階の旅行会社の経営者。コンスタンツェはそこの従業員でブロンデは1回の食堂で働いています。設定は面白いのですが、舞台上の動きが多く、音楽に集中できないこともありました。その結果カーテンコールではブラボーの反面ブーイングも沢山ありました。 バスのコニーツェニーが強く可笑しなオスミンを好演し、クピケの美しいコンスタンツェのアリアは大喝采でした。シェーラン(ブロンデ)とエコッター(ペドリロ)のやり取りもコミカルで好評でした。テノールのレイド(ベルモン)も歌は良いのですが、唯一歌っていない時の演技が今ひとつでした。バッサ役の役者アイラースが真実味を与えていました。 フィッシャーさん指揮の国立劇場オーケストラの演奏はいつも同様エキサイティング、とりわけピッコロの小川隆さんの楽しいソロは特筆に価しました。
インターナショナル・ハイドンターゲ2004
毎年恒例のインターナショナル・ハイドンターゲは9月 9日から19日までの10日間に、アイゼンシュタットで開かれました。今年のテーマは「ハイドンとバッハ」で、ミッシャ・マイスキーによるバッハの独奏からハイドンのオペラまで、多数の公演が行われました。 音楽祭はフィッシャーさんの55回目の誕生日にオペラ“L’nfedelta delusa“で開幕しました。ザルツブルグのモーツァルテウム音楽院で学んだ演出家、ハルトムート・シュログホーファーと舞台装置と衣装デザイナーのコリーナ・クロームは、ウイーン音楽週間などでも活躍しています。回り舞台を活用した演出は面白く、プレミアでは歌手の出来も良かったため、地元紙プレッセは、「良いオペラを観るには、エステルハーザに限る」というマリア・テレジアの有名な言葉を引用して賞賛しました。 ところが3回目の公演では、回り舞台の不具合のために、主役のクリスチアーネ・ボージンガーが怪我をしてしまい、2幕以降の続行を断念しました。最後の16日は舞台装置無しのコンチェルタント形式で公演を行いました。公演の1時間前に到着したコロンビア人ソプラノ、クラウディア・グァリンは、ヴェスピーナの代役を見事にこなしました。フィッシャーさんが物語を説明し、歌手は自由に演技しながら歌う形式は、もちろんアンサンブルの乱れはありましたが、同情的な観客の喝采を集めました。小さなハイドンザールには、コンチェルタントの方が良いという意見もありました。 オペラの伴奏以外ににも、フィッシャーさんとハイドンフィルは15日と19日に演奏会に登場しました。15日のコンサートはエキサイティングな「無人島」序曲てスタートし、交響曲94番「驚愕」と続きました。この曲に纏わるエピソードがあまりに有名なため、通常の演奏では驚く人は少ないですが、ハイドンフィルのティンパニの強打には椅子から飛び上がるくらいビックリさせられました。 休憩の後はウイーン室内合唱団と4人のソリスト、ルース・ツィーザク、エリザベス・フォン・マグナス、クルト・アゼスベルガー、アンドレアス・ヤンコウヴィチが演奏に加わった、今年のミサ曲「パウケンミサ」でした。「驚愕」同様、力強いティンバニーが中心で、時には荘厳に、時には明るく、合唱団やソリストを引っ張っていました。ソリスト、合唱団、オーケストラ交響曲一体になった演奏は、大きな喝采をハイドンザールに呼び起こしました。 ハイドンターゲの最終日は、フィッシャーさん指揮のハイドンフィルと決まっています。今年のテーマに従って、前半はバッハでした。フィッシャーさんは中央のチェンバロを弾き振りし、小編成のオーケストラはその周りに立って演奏しました。 最初はオーケストラ組曲第2番です。フィッシャーさんもオーケストラもバッハはあまり演奏しませんが、バロックスタイルを工夫していました。特にフルートのイムレ・コヴァーチュのソロは美しく響きました。 続いてはバリトンのフローリアン・ボッシュを迎えた、カンタータ“Ich habe genug“とアリア“An irdische Seh?tze“は、ハイドンフィルの首席たちと素晴らしいソリストの共演でした。 カトリックの雰囲気の強い前半に比べて、休憩の後は楽しいハイドンの交響曲「オックスフォード」です。最近の古楽スタイルに影響を受けた、ビブラートを少なくした奏法を用い、ダイナミックで切れ味の鋭いフィッシャーさん流の解釈でした。その後は毎年恒例の告別交響曲のアンコールで、10日間の熱演のフィナーレを飾りました。
ウイーンフィルのウェーベルン・フェスト
アントン・フォン・ウェーベルンはシェーンベルグの弟子で、ウイーン学派の重要な作曲家ですが、なぜか他の作曲家ほど演奏される機会がありません。コンサートはまず初期の作品「夏の風に」でスタートしました。冒頭の金管による夏の気だるい雰囲気から一転して木管と弦楽器が涼しい夏のそよ風を実に良く描写していました。 その後、ウェーベルンが編曲したシューベルトの6つのドイツ舞曲と、作品1のパッサカリアが続き、休憩を挟んで、「6つの管弦楽作品」が演奏されました。これらはウイーンの聴衆にさえも馴染みが薄い作品ですが、美しい音色にただ聴き入っていました。 最後はマーラーの交響曲10番のアダージョ。マーラーはフィッシャーさんにとっても思い入れの深い作曲家で、この曲も、バーンスタインしきのビデオを研究するなど、十分に準備して望みました。結果は大成功で、多くの聴衆が立ち上がって喝采を送りました。
カラヤン聖霊降臨祭音楽祭2004
音楽祭ということで、楽しくリラックスした雰囲気のコンサートでしたが、その内容はとてもハイレベルでした。最初の曲はモーツァルトの交響曲41番「ジュピター」でした。古楽に影響された早めのテンポでダイナミックな演奏ながら、決して細部も失われること無く、とても明快でした。第一楽章が終わった後には、感動した聴衆が思わず拍手してしまうほど。第二楽章ではフィッシャーさんお得意の木製の弱音機を使い、とてもデリケートな音で第一楽章とは対照的でした。ドラマチックなフィナーレはとりわけフーガの部分が聴かせどころでした。 休憩の後は、当日のコンマス、ライナー・ホネックのソロによる、ハイドンのヴァイオリン協奏曲第一番でした。この曲はロマン派の協奏曲に比べると技術的には簡単ですが、その分音楽性が重視される難しい曲です。ウイーンフィルで活躍しているホネックのウイーン流の解釈は素晴らしく、アダージョの小さな音など、聞き惚れてしまいました。 最後はフィッシャーさんお得意のハイドン交響曲88番。ビブラートを控えめにした古楽風のスタイルで、第二ヴァイオリンとビオラの内声部を重視した、楽しい演奏は聴衆の大喝采を誘いました。アンコールの「フィガロの結婚」序曲を始めても聴衆の拍手が鳴り止まず、途中で止めてもう一度やり直すというハプニングもありました。 実は翌日の午前11時からフィッシャーさんはウイーンフィルとの公演があり、終演後すぐにウイーンに戻らなければならなかったので、もう一曲用意したアンコールは演奏できませんでしたが、満員の聴衆はそんなことは関係なく、盛大なブラボーと拍手で演奏にこたえました。 コンサート・レポートの先頭に戻る
フィッシャーさんのバーデン・ヴュルテンベルグでの客演活動
4月25日と26日には、フィッシャーさんは州都シュツッツガルトでヴュルテンベルグ州立劇場オーケストラの演奏会に登場しました。このオーケストラは最近評価の高いシュツッツガルト歌劇場のオーケストラで、毎月定期演奏会を開いています。演目は、ヤナーチェクの交響詩「ドナウ」、ドボルザークのチェロ協奏曲にお得意のハイドンのロンドン交響曲です。全体的にオーケストラのソロ活躍が目立った良い演奏でしたが、特に素晴らしかったのは最後のハイドンです。ドイツの歌劇場のオーケストラはハイドンを演奏することが稀で、マンハイムでさえも、交響曲やオラトリオがドイツ風の重い演奏になってしまいます。ところがヴュルテンベルグ州立劇場オーケストラは、オーストリアスタイルで、まるでハイドンフィルの演奏のようでした。 その翌週にはフィッシャーさんは、スイスやフランスにも近い街、フライブルグに移動し、南西ドイツ放送響バーデンバーデン&フライブルグを指揮しました。プログラムは再び「ドナウ」にグリーグのピアノ協奏曲、ドボルザークの交響曲5番。ロマン派の協奏曲の代表のようなグリーグは、残念ながら過剰にロマン的なソリストとオーケストラのミスマッチが目立ちましたが、メインのドボルザークは迫力満点の好演でした。木管のソロは美しく、金管は迫力十分。地元紙では、「熱いどころか燃えるような演奏」と大好評でした。 コンサート・レポートの先頭に戻る
マンハイムの「トリスタンとイゾルデ」
この公演の中心はやはり、アダム・フィッシャー指揮のマンハイム国立劇場オーケストラです。第2幕をクライマックスにし、トリスタンとイゾルデの情熱的な愛のデュエットは劇的でした。スコアの細部まで忠実に再現し、木管や金管は、はっとするほど美しい音色のソロを聴かせてくれました。歌手陣は、時にオーケストラの迫力に押され気味の部分もありましたが、全体的には好評でした。 劇場支配人ウルリッヒ・シュワーブ演出のコンセプトは、「美しい静止画、演出は音楽を妨げない。」という印象。ドイツ語の歌のテキストを出すなど、聴衆は音楽に集中させ、シンプルな舞台装置と最低限の演技で歌手の負担を少なくした、コンサート形式のような演出でした。 コンサート・レポートの先頭に戻る
ユンゲドイチェフィルとのコンサートツアー
メインのプログラムはフィッシャーさんがウイーン響などと演奏しているマーラーの7番です。学生とは言ってもドイツの高名な教授の秘蔵っ子たちは、難しいソロも難なく決め、高い技術水準を披露しましたが、オーケストラ全体としては経験不足です。マンハイムなどのプロオケは、フォルテッシモの迫力だけでなく、ピアニッシモでも高度な緊張感を演出し、「小さな音のマイスター」といわれるフィッシャーさんの特徴になっています。ユンゲドイチェフィルの演奏は迫力は十分でしたが、この点が今ひとつという印象でした。しかしながら、参加者にとってはとても良い経験となりました。
ハイドンフィル・コンサートシリーズ2004
最初のコンサートは1月22日に、ブダペストの科学アカデミーで開催されました。プログラムはモーツァルトのリンツ、ハイドンのピアノ協奏曲第一番と「軍隊」交響曲でした。科学アカデミーは小さいホールながら、チケットは早くから売り切れ、聴衆は親密なのコンサートを楽しみました。 1ヵ月後の2月22日には、2回目のコンサートがリスト音楽院で行なわれました。今度はウイーンフィルのコンマス、ライナー・ホネックが素晴らしいソロを披露しました。その他の演目は、シューベルトの6つのドイツ舞曲(ウエーベルン編曲)とモーツァルトのジュピター交響曲でした。 シリーズ最後のコンサートは4月15日ウイーンのコンツェルトハウスで行なわれました。ハンガリーのEU加入直前というタイミングもあり、オーケストラの特徴をアピールする良い機会となりました。前半のプログラムはドボルザークのスラブ舞曲(抜粋)とヤナーチェクという、オーケストラにとって馴染みの薄い作品でしたが、後半の「嵐」をテーマにしたハイドンの合唱曲2曲と交響曲「ロンドン」では本領を発揮。耳の肥えたウイーンの聴衆の大喝采でコンサートシリーズは終了しました。
アカデミーコンサート、マーラー2番
この交響曲は大きなオーケストラに加えて、合唱団とソロのソプラノとアルトが必要な大規模な作品です。まず最初にオーケストラがダイナミックな第一楽章を演奏し、その後合唱団が舞台に登場しました。 最近フィッシャーさんは「小さな音のマイスター」と呼ばれていますが、「復活」のような大規模な作品では、その手腕を十分発揮していました。勿論大音響の部分は迫力がありますが、それに続く弱音部では美しい音色で更に緊張感が増し、聴く側の集中力も途切れることはありません。終盤の舞台裏との掛け合いの後合唱が入ってからは、聴衆は身動きすることも出来ないほどの緊張で聴き入っていました。 フィッシャーさんはマンハイムでマーラーの交響曲を全曲演奏する計画で、既に多く演奏していますが、5番と9番がまだ残っています。
ニューイヤーコンサート「天地創造」
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