コンサート・レポート '05

 

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bullet第5回マンハイムモーツァルト週間 (2005年12月5日・12日、マンハイム)
bulletベルリン国立歌劇場「オテロ」(2005年10月29日、ベルリン)
bullet国際ハイドンターゲ2005(2005年9月8日〜18日、アイゼンシュタット)
bulletザルツブルグ音楽祭の「コジ・ファン・トゥッテ」(2005年7月 9日、ゲネプロ、ザルツブルグ)
bulletカッセルのマーラーフェスティバル(2005年6月4日、カッセル)
bulletロンドン・ロイヤルオペラ、「イタリアのトルコ人」新制作(2005年5月28日、 ロンドン)
bulletミュンヘンの「パルジファル」とマーラー(2005年3月20日、 4月4日、ミュンヘン)
bullet ベルリン・ドイツオペラ・プレミア、ヤナーチェク「死の家から」(2005年 2月19日、ベルリン)
bulletハイドンフィルのスイス・ツアー (2005年1月14日、チューリッヒ)

 第5回マンハイムモーツァルト週間

「エジプトの王タモス」より

作曲家との親密な関係を記念して、マンハイムは2001年以来12月にモーツァルト週間を開催しています。音楽監督としての任期は終了しましたが、フィッシャーさんは客演として3つの合唱作品。「レクイエム」、「エジプトの王タモス」、「ハ短調ミサ」をマンハイム国立劇場合唱団、オーケストラと共に演奏しました。

盛大な歓迎の拍手で始まった2回のコンサートは、アイディア満載で、時には美しく時には激しいアダム・フィッシャー流のモーツアルトでした。「エジプトの王タモス」などは無名の作品ですが、力強い合唱とオーケストラの表現力がマッチした素晴らしい演奏で、聴衆は大喝采でした。

この5年間にフィッシャーさんが音楽監督としてやってきたことを集積した、素晴らしい演奏会でした。

 

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ベルリン国立歌劇場「オテロ」

ベルリン国立夏季劇場「オテロ」

ドイツの首都ベルリンには3つのオペラ座がありますが、フィッシャーさんはどの劇場とも深い付き合いがありませんでした。一部代役を除くと、正式なデビューは昨年2月のドイツオペラでの「死者の家から」です。しかし最近のオペラでの大成功をきっかけに、今回はベルリン州立歌劇場から「オテロ」を依頼されました。

これはバイロイトのリングを手がけたユルゲン・フリム演出、舞台デザインがジョージ・ティプィン、衣装はドリー・ルティらが2001年に制作した作品の再演です。 物語は現代の豪華客船の中で展開されます。オテロは船長で、カッシオがその副官、イアーゴはビジネス・スーツを着たマネージャーとして登場します。 オテロとデスデモナは客船のプールの上に住んでいて、重要なシーンがプールサイドで起こるなど、不思議な設定はありましたが、フィナーレでオテロの嫉妬の炎をプールに燃え上がらせるなど、幻想的なシーンを作り出していました。

ヴァレリー・アレクセーフが狡猾なイアーゴを説得力ある歌と演技で演じた他、フランク・ポレッタもオテロを熱演しましたが、イアーゴに比べるとちょっと性格付けが弱い印象でした。若手のタマル・イヴェリは現代的で活発なデスデモナを演じ、「柳の歌〜アヴェ・マリア」では涙を誘いました。 フィッシャーさん指揮のシュターツカペレも歌手をサポートした演奏でしたが、どちらかといえばドイツの重々しい演奏で、ウイーンなどと比べるとイタリアオペラの味が少し足りない印象でした。

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国際ハイドンターゲ2005

ハイドンターゲ最終日のマチネー

1994年以来ハイドンターゲはハイドンの舞台作品の上演を続けていますが、今年は残された最後の作品「哲学者の魂」を制作しました。 これはハイドンがロンドンの劇場のために作曲したもので、4人の中心人物以外にも合唱が重要な役割を果たします。オペラ劇場ではなく舞台空間の狭いハイドンザールでは、とりわけ難しい作品です。このような悪条件の本、演出家ミヒャエル・シルハンとステージデザイナーのアレクシア・レドルは抽象的ながら、納得できる演出を実現しました。

コペンハーゲンでフィッシャーさんと度々共演しているソプラノ、ラファエラ・ミラネシはその美しい歌声で薄幸の美女エウディーチェを演じました。一方彼女の双子の姉妹ジオルジア・ミラネシは対照的に情熱的なゲニオを歌いました。主役オルフェオのテノール、ノーマン・シャンクレは美声ながら線が細い印象でしたが、クレオンテ王のアレキサンダー・プーラーは迫力のあるアリアで舞台を盛り上げました。

 ウイーン室内合唱団はコンサート専門で、オペラは初挑戦ですが、とても重要な役割を担い、素晴らしいアンサンブルを披露しました。第一幕の最後、エウリディーチェの葬式のシーンでは、合唱の作り出した悲しい雰囲気に酔った聴衆は、演奏が終わっても合唱団が退場するまで、沈黙を守りました。フィッシャーさん指揮のハイドンフィルももちろん素晴らしく、ソロや合唱の伴奏に留まらず、時にはダイナミックなアクセントで物語を効果的に表していました。

 音楽祭の中日にはフィッシャーさんのウイーン国立歌劇場公演のため、ニュージーランド響のGMDジェームス・ジャッドがハイドンフィルの指揮台に立ち、「フィガロの結婚」序曲、ハイドン交響曲75番とともに「天地創造ミサ」を演奏しました。ウイーン室内合唱団はもちろん、カテリナ・ホセラノヴァ、エリザベス・フォン・マグナス、アレクサンダー・カイムバッハー、アドリアン・エルドのソリスト達も活躍し、公演は大成功でした。

例年通り最終日はフィッシャーさん指揮のハイドンフィルの演奏会です。今年もチケットが足りないので11時と15時の2回、モーツアルトのアダージョとロンド、協奏曲40番につづいて、ハイドンの「時計」交響曲を演奏しました。 音楽祭の期間中毎日リハーサルと本番で休みの無いオーケストラは疲れ気味で、前半のモーツァルトは少々演奏に粗さが見られました。しかしながら得意のハイドンは素晴らしく、フルートのソロや個性的な弦楽器のボウイングにより、生き生きとした楽しいハイドンでした。聴衆はもちろん、フィッシャーさん自身ももとてもうれしそうに指揮していて、音楽祭の素晴らしいフィナーレとなりました。

来年は「ハイドンとヘンデル」をテーマにし、オペラに代わりに「メサイア」や「天地創造」等の演奏会が計画されています。

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ザルツブルグ音楽祭の「コジ・ファン・トゥッテ」

ザルツブルグ音楽祭のコジ・ファン・トゥッテ

 モーツアルト誕生の地、ザルツブルグはモーツアルトだけではなく、夏の音楽祭でも有名です。ザルツブルグ・フェスティバル2005は7つのオペラ、14の演劇とたくさんのコンサートで、多くの旅行者、音楽愛好家や、熱狂的ファンを惹き付けました。

 アダム・フィッシャーは今年バイロイトが無かったので、「コジ・ファン・トゥッテ」の指揮を引き受けました。これはウルセルとカールハインツのヘルマン夫妻による演出で、昨年ザルツブルグ復活祭音楽祭で初演され、チェチリア・バルトリとサイモン・ラトル指揮のベルリンフィルハーモニーの公演が話題になりました。昨年の夏は若手のフィリップ・ジョルダンがウイーンフィルを指揮しています。フィッシャーさんはわずか1年半で3人目の指揮者ということになります。

マイテ・ベアモウモントとタマル・イヴェリの演じた姉妹は豊かな厚みのある声で、活発な現代の若い女性を表していました。二人の恋人役のクリストフ・ストレールとラッセル・ブラウンは、美しい歌声でしたが個性的というわけではなく、スタンダードなフェルランドとジェリエルモでした。 それに加えて、二人のベテランが重要な役割を演じました。ヘレン・ドナースのコミカルでかわいらしいデスピーナは多くの笑いを巻き起こし、現在世界でも最高のドン・アルフォンソといわれるトーマス・アレン卿は、劇中のプロットだけでなく、公演全てを掌握するような歌と演技でした。 日程が厳しくリハーサルが不十分だったのか、当初ウイーンフィルはフィッシャーさんの音楽を100%実現できたとは言えませんが、回を追うごとに世界一の実力を発揮しました。

 今回の音楽祭はネトレプコの「トラヴィアータ」がメディアの話題を独占し、この「コジ」通常公演扱いであまり注目されませんでした。新制作が大切なのはわかりますが、リバイバル公演を軽視すると、出演者が2年目以降大幅に変わり、レベルを保つのが困難になります。音楽祭は同じアンサンブルを保つ努力をすべきという厳しい意見も聞かれました。

 来年のザルツブルグ音楽祭は、モーツァルトのオペラ全作品22作を上演する予定です。この「コジ」ももちろん含まれていますが、フィッシャーさんに代わって、4人目の指揮者、マンフレット・ホネックが担当します。フィッシャーさんはマンハイム国立劇場制作のオーケストラとアンサンブルを率いて、「アルバのアスカニオ」で客演する予定です。これは偶然にも「コジ」と同じ日に上演されます。

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カッセルのマーラーフェスティバル

カッセルの聴衆のスタンディング・オベーション

フィッシャーさんがカッセル国立劇場の主任指揮者だった当事、グスタフ・マーラー・フェスティバル・オーケストラを設立し、マーラー音楽祭を始めました。フィッシャーさんとマンフレット・ホネックの指揮により、このオーケストラはマーラーの殆どの交響曲を演奏しました。

音楽祭は89,91.95年に開催された後、経済的理由のため中断していましたが、今年の6月にはカッセル市は音楽祭を復活させ、創立者のフィッシャーさんもフランクフルト放送響を率いてマーラー7番を演奏しました。

 この曲は第2楽章と第4楽章に「夜の歌」を含む対照的な構成を持っていて、フィッシャーさんの持ち味である緊張に満ちたピアニッシモが劇的な効果を発揮しました。オーケストラも管の名手が大活躍でした。 フィッシャーさんが登場した時にすでに大きな喝采で向かえた地元の聴衆は、終演後は立ち上がって名演を讃えました。

 

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ロンドン・ロイヤルオペラ、「イタリアのトルコ人」新制作

ロイヤルオペラ、「イタリアのトルコ人」

チェチリア・バルトリは2000年制作のハイドン「哲学者の魂」でロイヤルオペラに初登場しました。この物議をかもした作品はロンドンのために書かれたにもかかわらず、彼女が希望し、フルハウスが保障されるまで、当地では上演されませんでした。 アダム・フィッシャーも「こうもり」以来、数シーズンぶりのコベントガーデン登場です。今回ロッシーニの「イタリアのトルコ人」の7回の公演でこの二人が戻ってきたことは大歓迎でした。

過去にとても楽しく、何度も再演されたチェネレントラを制作した、モッシェ・リーサーとバトリス。クーリェは、舞台を1950年代のナポリに設定し、バルトリをソフィア・ローレンのように登場させました。アレサンドロ・コルベリが彼女の尻に敷かれた亭主役、イルデブランド。ダスカンジェロがタイトルロールのトルコ人を演じました。トム・アレンが主役級の家唯一の非イタリア人で、このピランデロ以前のリブレットを指図する詩人を演じました。

ところで、コベントガーデンオーケストラはどうだったでしょうか。 ゲストコンサートマスター、マルチィア・クレイフォードに率いられたオーケストラは、高い位置のピットに座っていました。この劇場ではモーツァルトやバロックオペラだけで、ロッシーニは普通の深いビットを使います。アダム・フィッシャーは劇を十分熟知した的確な指示を出し、優秀なオペラ指揮者としての力を見せ付けました。

全体としてはちょっとした新発見でした。殆ど知られていなかったオペラが名作であることが認知され、この素晴らしい公演はその理由の一つとして記憶されることでしょう。(ロンドン在住の会員ロバート・エイバリーさんの投稿)

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ミュンヘンの「パルジファル」とマーラー

バイエルン国立歌劇場オーケストラ

復活祭の時期の「パルジファル」はドイツ各地のオペラ座の定番で、どの劇場もかなり力を入れた公演を行っています。フィッシャーさんは過去4年マンハイムで演奏してきましたが、今年はバイエルン国立歌劇場から依頼があり、この劇場で初めてのワーグナーを公演しました。現在のトップクラスのワーグナー歌手、アラン・タイタスやワルトラルト・マイナーなどがキャストを固めました。

バイロイトでも評判の明快でドラマチックなワーグナーは、今回も多くの地元の批評家たちも賞賛し、来年の「さまよえるオランダ人」の新制作への期待が大きく高まりました。

「パルジファル」の直後には、フィッシャーさんは座付きオーケストラの定期演奏会である、アカデミーコンサートに客演し、自身の「今年の交響曲」であるマーラーの6番を指揮しました。

このオーケストラは、フィッシャーさんが今シーズンの曲を指揮する4つめの楽団です。いつも通りに第一楽章は、まるで悲劇が近づいてくるような、重々しいマーチのテンポでスタートしました。第二楽章の冒頭はウイーン風の早めのスケルツォ、その後第二主題はゆっくりのテンポでソロの奏でるメロディを強調します。第三楽章のかなく美しいアダージョは、バイエルン国立歌劇場オーケストラの厚みのある弦楽器と、名手の揃った木管が織り成す音楽が、全編を通じた悲劇のなかで唯一の救いとなりました。

しかしこの曲の最も重要な部分は、それだけで30分を越える第4楽章です。ハンマーや各種の打楽器の音がこの作品を劇的に演出し、最後のフォルテッシモは英雄の死をイメージさせます。

バイエルン国立歌劇場オケの音はリッチで、他の3つの団体に比べると細部の表現力が優れている印象でした。今年の1月にフィッシャーさんが共演したウイーン響が全体的に世紀末のウイーン風の演奏だったのに対し、このオーケストラの演奏はドイツ風で、今年終戦60年を迎える第二次大戦を連想させました。

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ベルリン・ドイツオペラ・プレミア、ヤナーチェク「死の家から」

ベルリン・ドイツオペラ「死の家から」

ドイツの首都ベルリンは3つのオペラ座を有するオペラの激戦地です。しかし、今シーズンはチェコの作曲家ヤナーチェクの生誕150周年記念として、3つのオペラ座は協力してヤナーチェクの舞台作品を全て上演する計画です。

唯一旧西ベルリンにある、ベルリン・ドイツオペラはヤナーチェクの最後のオペラ、「死の家から」の新制作を上演しました。本来は音楽監督クリスチャン・ティーレマンが指揮する予定でしたが、辞任に伴いアダム・フィッシャーに交代し、ドイツの有名な映画監督、フォルカー・ショロンドルフが刑務所で繰り広げられる人間のドラマを、テキストに従って演出しました。もともとチェコ語で書かれたオペラですが、今回はドイツ語による上演でした。

オペラの冒頭、政治犯ゴルヤンチコフが刑務所に搬送されます。同じ頃囚人たちは傷ついた鷲をみつけ、手当てをします。このゴルヤンチコフと鷲が開放される結末までの間に、たくさんの囚人たちが、それぞれの人生、罪、自由への憧れなどをモノローグで語っていきます。

20人以上のソリストとパントマイムの役者が登場する作品ですが、今回の中心はリナス・カールソンの歌ったゴルヤクチコフです。説得力のある歌唱と演技で原作者ドストエフスキーのモデルを表現しました。全体的に暗いストーリーの中、ゴルヤンチコフの刑務所での親友、少年アルエイヤを演じた、この作品唯一の女声ロビン・ヨハンセンが、美しい声で明るさを出していました。一方、フィルカ・モロゾフを演じたベテラン、ルネ・コローは本調子でなく、第一幕の重要なモノローグは残念ながら迫力に欠けました。しかし、総じて歌手はレベルが高く、多数の優秀な男声歌手を揃えたベルリン・ドイツオペラのアンサンブルの実力が光りました。

しかしもっとも感動したのは、アダムとベルリン・ドイツオペラ・オーケストラのドラマチックな演奏です。大きな音のみならず、小さな音でも緊張感を盛り上げ、登場人物個々の性格を表現しました。フィナーレの開放された喜びはとても感動的でした。

終演後アダムとオーケストラには大喝采とブラボーが飛んでしました。歌手はもちろん、アクロバット的な鷲を演じた役者ボッケミュールにも、観客は大きな喝采を惜しみませんでした。

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ハイドンフィルのスイス・ツアー

チューリッヒにて

ハイドンフィルの2005年は、大成功のスイスツアーで幕を開けました。このツアーは「クラブハウス・コンサート」と題され、1月14日から19日までスイス各地で行われました。

プログラムはすべて同じで、オープニングはモーツァルトの「劇場支配人」序曲、ハイドンのシンフォニア・コンチェルタンテが続きました。ソロはハイドンフィルの首席奏者たち、ウェルフガング・レディク(ヴァイオリン)、ハラルド・ヘルト(オーポエ)、ヨージェフ・ヴァイダ(ファゴット)、タマーシュ・ヴァルガ(チェロ)が担当しました。初日のチューリッヒでは、ソロのアンサンブルが完璧ではありませんでしたが、日を追ってよくなりました。

オーケストラはソロを十分にサポートしていました。 後半の一曲目はモーツァルトのクラリネット協奏曲です。これは昨年グラーツでウイーンフィルのシュミードル教授と共演しています。今回はイスラエルの若手女流奏者、シャロン・カムがソロを担当しました。彼女は経験ではシュミードル教授ほどの経験は無いかもしれませんが、技術と音楽性は随一です。流れるようなテクニックと華やかなステージマナーで聴衆を魅了し、拍手喝采の嵐を呼び起こしました。

 その後は、ハイドンフィルのお得意「驚愕」です。残念ながら通常のティンパニー奏者はツアーに同行しませんでしたが、マンハイムで活躍する日本人奏者、野村文子さんが急遽代理を務めました。彼女の活躍で第二楽章のオーケストラの強奏もバッチリきまり、聴衆は大喜びでした。 その後アンコールとして「フィガロの結婚」序曲と「報いられた真」序曲を演奏し、幕となりました。

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