コンサート・レポート '06

 

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bullet バンベルグ交響楽団客演コンサート(11月18日、バンベルグ)
bullet チューリッヒ、ヤナーチェク「利口な雌狐の物語」 (10月22日、チューリッヒ)
bullet 「ハイドンとヘンデル」−ハイドンターゲ2006 (9月7日〜17日、アイゼンシュタット)
bullet アダム・フィッシャーによる3つの「パルジファル」(2006年 4月16日ミュンヘン 、6月17日ブダペスト、7月19日バイロイトGP)
bullet チューリッヒオペラ「アイーダ」(2006年7月7日チューリッヒ)
bulletフィッシャーさんとペーター・コンヴィチュニーの第一級のワーグナー(2006年 3月12日ミュンヘン)
bulletザルツブルグのモーツァルト生誕250年祭 (2006年1月 31日ザルツブルグ)

バンベルグ交響楽団客演コンサート

バンベルグ響とアダム・フィッシャー

 バイエルン州立オーケストラのバンベルグ交響楽団はドイツ国内でもトップクラスの楽団で、フィッシャーさんも度々客演しています。2006年11月にもバンベルグ響の指揮台に上がり、ハイドン、モーツァルトとドボルザークを演奏しました。

オープニングはハイドンの交響曲第103番「太鼓連打」です。ハイドンフィルの切れ味鋭いアクセントに比べると、バンベルグ響は伝統的なドイツ風です。美しい響きのどっしりとした演奏は、まるでハイドンフィルの90年代初頭のコンサートのようでした。

その次はモーツァルトの3つのアリア、“Chi sa, chi sa, qual sia“, ?Vado, ma dove? Oh Die“, ?L’amero, saro costante“です。当初予定されていたルース・ジィーザクがキャンセルしたため、急遽シモーナ・サトゥローヴァが代役を務めました。

休憩の後、メインプログラムはドボルザークの交響曲7番です。戦前のプラハ・ドイツ交響楽団をルーツとするバンベルグ響が十八番とする作品ですが、フィッシャーさんの中央ヨーロッパの風味を効かせ、のびのびとした演奏の超一流のドボルザークでした。満員の聴衆は熱狂的な拍手で演奏者を讃えました。

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チューリッヒ、ヤナーチェク「利口な雌狐の物語」  

子供の雌狐とカエル

近年フィッシャーさんはチューリッヒオペラの看板客演指揮者として活躍していますが、昨シーズンの新製作「アイーダ」に続いて、今シーズンはヤナーチェクの最も有名なオペラ「利口な雌狐の物語」の新制作を担当しました。

これは小さい頃に森番に捉えられ、ペットとして育てられた雌狐の物語です。彼女はある日縄を噛み切り、ニワトリたちをかみ殺して逃げ出します。若い狐と出会った彼女は子供をもうけますが、第3幕で狩人に撃たれてしまいます。その狩人は新妻のテリンカへ雌狐の毛皮をプレゼントします。 森の中でテリンカと雌狐を失ったことを嘆く森番の前に、子供の雌狐が現れ、死が新しい生命の誕生に続く自然の循環を示します。 ヤナーチェクは新聞に連載されたコミックを元にしてこの作品を作曲しました。彼自身を森番に、若い愛人カミーラをテリンカと雌狐に投影したと言われています。

作曲家のメッセージは生命の循環ですが、たくさんの動物が出てくることから近年は子供向けオペラとして人気の高い作品です。チューリッヒ・オペラは若い聴衆のためにマチネー公演も複数企画しています。若い聴衆を意識した演出もあり、第一幕の幕間にはバレエ学校の生徒たちがハエに扮して寸劇を披露するし、第2幕の幕間ではカエル役の少年マーロン・ゲッツがコミカルな朗読をして大喝采を浴びました。 殆どの歌手はマスクを被り、タイトルロールのマルティナ・ヤンコーヴァは母国語で活発な雌狐を、中心の森番はオリバー・ヴィドマーが歌いました。歌で最も印象に残ったのは校長のペーター・シュトラカでした。終演後のカーテンコールでは、たくさんの出演者で舞台は満杯でした。

 フィッシャーさん指揮のチューリッヒ・オペラオーケストラは活発な演奏で、生き生きとした森の生命を表現しました。今回の公演は子供だけでなく、大人も楽しめる品質の高いものでした。

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「ハイドンとヘンデル」−ハイドンターゲ2006

大喝采の「メサイア」

1989年の創立以来、アイゼンシュタットのインターナショナル・ハイドンターゲは年々有名になり、歴史的な建物で開かれる音楽祭としては、ヨーロッパでも有数と評価されています。今年は「ハイドンとヘンデル」というテーマの下、9月7日から17日まで開かれました。

今回はゲスト・アンサンブルとしてコレギウム・ヴィエニーズ、ボストン・ヘンデル・ハイドン・アソシエーション、トン・コープマンとアムステルダム・バロック等がハイドンザールで演奏し、イアン・ボストリッジのリサイタルも行われました。主役のハイドンフィルとフィッシャーさんも3種類の公演を担当しました。

 まず開幕公演はハイドンの名作オラトリオ「天地創造」です。オーケストラはこの作品を度々演奏しているので、フィッシャーさんの考えを深く理解しています。リサ・ラーソン、スティーブ・デヴィスリム、フローリアン・ボッシュの三人のソリストも堂々とした歌唱でした。ウイーン室内合唱団も迫力があり、音楽祭の素晴らしい幕開けになりました。

13日はヘンデル作曲、モーツァルト編曲の「メサイア」が演奏されました。ハイドンがオラトリオを作曲するきっかけとなったこの作品は、原作はバロックオーケストラ編成ですが、モーツァルトが当時のオーケストラ向けに編曲しました。今回はこの版が用いられ、歌詞もドイツ語でした。 残念ながらソプラノのオレシア・グロヴェノーバは病気のため交代しましたが、代役のアンドレア・ローレン・ブラウンが、バロック作品の十分な経験を披露し、メゾのイリス・バーミリオンと同様、素晴らしい演奏でした。それに比べるとマーカス・シェーファーとマティアス・ハウスマンは少し消極的な印象で、共に教会音楽やバロック作品を得意としている二人の歌唱は美しいものの、オーケストラや合唱に隠れてしまう場面も見受けられました。

合唱のウイーン・ジングフェラインの迫力あるダイナミックな歌唱を忘れるわけにはいきません。また、ヘンデルはフィッシャーさんやハイドンフィルにとって決して馴染みのある作品ではありませんが、モーツァルト風味のヘンデルの素晴らしい演奏でした。 2時間半の演奏が終了すると、お客さんは嵐のような大拍手で名演を賞賛しました。この演奏会は音楽祭の芸術的に最高の演奏会だったと思います。

 例年通り、音楽祭は日曜日のハイドンフィルのマチネーで幕を閉じました。このコンサートは「女王のために」と題され、ヘンデルの「シバの女王の入城」でスタートしました。この曲では二人のオーボエ奏者、トーマス・ホーニガーとシュテファン・ナットシュレーガーが素晴らしいアンサンブルを聴かせてくれました。 次はハイドンの交響曲85番。フランス女王マリー・アントワネットが好んだ作品といわれ、現在でも彼女との関係で語られることの多い作品です。ティンパニやトランペットもなく、小さな編成でしたが、フィッシャーさん特有の鋭いアクセント満載の楽しい演奏でした。

 後半はハイドンの交響曲102番です。この作品は88年に録音していますが、ノンビブラート奏法を取り入れるなど、今回の実演は大幅に異なりました。20年近い間のオーケストラの進歩と変遷を表す好演奏でした。 アンコールには97番の4楽章と、例年通り45番のアダージョで音楽祭を締めくくりました。

来年のハイドンターゲは9月6日にハイドンフィルのオラトリオ「四季」で開幕します。テーマは「ハイドンとロマン派」で、ハイドンフィルはハイドンのミサ曲やドボルザークの「新世界より」などを演奏する予定です。

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アダム・フィッシャーによる3つの「パルジファル」

ブダペストの「パルジファル」

バイエルン国立歌劇場の「さまよえるオランダ人」の後、フィッシャーさんはワーグナーの最後のオペラ「パルジファル」を集中的に取り上げ、3つの劇場で上演しました。 復活祭のシーズンにはまずバイエルン国立歌劇場で、ペーター・コンヴィチュニー演出の「パルジファル」公演がありました。95年初演当時はブーイングの対象だった演出も、11年後には受け入れられた様で、出演者対するブラボーばかりでした。ユハ・ウーシタロがアムフォルタス、ロバート・ギャンビルがパルジファルを歌い、ベテランのワルトラルト・マイアーがクンドリーを演じました。

 6月10日と17日は、「ブダペスト・ワーグナーの日」での公演でした。これはフィッシャーさんが主導権をとって今年から始めたプロジェクトで、2013年までにワーグナーの全作品を上演することを計画しています。「パルジファル」の上演はコンチェルタンテ形式と発表されていましたが、オーケストラはピットで演奏し、歌手はステージで演技をしながら歌いました。舞台装置を使わない演出はワーグナーのト書きに忠実で、歌手と合唱団は演奏会の衣装でしたが、唯一クンドリーだけは、黒、赤、白と3色のドレスを幕ごとに着替えて登場しました。

 この制作の中心はあくまで音楽です。クリスチャン・フランツは無知と知を得てからのパルジファルを歌い分ける素晴らしい出来でした。マッチ・サルミネンは安定したグルネマンツを歌い、グンター・フォン・カンネンは悪役クリングゾルを雰囲気たっぷりに表現しました。 オペラ初体験のハンガリー放送響にとって大きな挑戦でしたが、フィッシャーさん指揮の下、バイロイトにも劣らない熱演でした。公演は大成功で、ワーグナーの曾孫、ニケ・ワーグナー氏始め各地から集まったワグネリアンも大満足でした。

もう一つの公演はバイロイト音楽祭です。フィッシャーさんは昨年までのピエール・ブーレーズを継いで、ドイツの若手映画監督クリストフ・シュリンゲンジーフの「パルジファル」を指揮しました。映像を多用した演出は複雑で、3年目の今年も相変わらず不評ではありますが、エヴィリン・ヘルリツィウスのクンドリーなど、トップレベルの歌手を揃えた音楽は素晴らしく、フィッシャーさんの指揮にも多くの喝采が送られました。

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チューリッヒオペラ「アイーダ」

「アイーダ」のカーテンコール

新制作 過去フィッシャーさんとチューリッヒオペラとの関係は深く、「シャモニのリンダ」や「ニナ」など、重要な新制作を任されてきました。ここ5年間はマンハイムのGMD忙しく、登場回数が減っていましたが、今年から毎年新制作が予定知れています。その第一弾として5月に「アイーダ」のプレミアを指揮し、7月のオペラフェスティバルでも上演されました。

 フィッシャーさんにとって、1997年にニューヨークのメトロポリタンオペラで指揮して以来の「アイーダ」ですが、ニューヨークに比べて小さいチューリッヒでは、豪華なエジプトを再現することは出来ません。一方、トップレベルの歌手を揃えた音楽面はニューヨークを凌ぐ演奏でした。 昨年のバイロイト音楽祭で素晴らしいイゾルデを聴かせた、ソプラノのニナ・ステンメは今回アイーダのロールデビューで、イタリアオペラでも十分な実力を発揮しました。メゾ・ソプラノのルチアナ・デンティーノも負けることなく、気の強い王女アムネリスを歌い上げました。

強力な女声陣に比べると、ラダメスを歌ったサルバドーレ・リーチトラは若干パワーに欠けました。冒頭の「愛しきアイーダ」は美しかったのですが、高音に迫力が無く、アイーダとアムネリスには終始圧倒されていました。 ファン・ポンスの歌ったアモナスロはとても安定していましたが、ラムフィスのパベル・ダニリクは終始おとなしく、感情の表現が希薄でした。プレミアのキャスト、マッチ・サルミネンの方がずっと良かったとの評判でした。

フィッシャーさんの音楽はいつも通りリリカルで分かりやすく、時にはとてもパワフルで、指揮姿にみとれてしまうほどでした。オーケストラや合唱団も良く反応し、ダイナミックなだけでなく、緊張に溢れた美しいピアニッシモも堪能できました。

伝統的とも言ってよいニコラス・ヨエルの演出は評論家には好評ではありません。舞台は古代から19世紀の英仏共同統治時代のエジプトに移され、ラダメスはエジプトではなく英国の兵士、ラムフィスは神官ではなく、王も領事という設定です。冒頭は違和感の少ない設定も、第2幕に奴隷が出てくるところは19世紀には見えないし、最後のピラミッドのシーンでは、突然古代に戻ってしまったかのような不自然さが感じられました。 しかしながら音楽面の素晴らしさもあり、聴衆は大喝采でこのプロダクションを讃えていました。ヨーロッパのテレビ局Arteがこの制作を収録し放送したので、今後DVDとして発売される可能性もあります。

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フィッシャーさんとペーター・コンヴィチュニーの第一級のワーグナー

「さまよえるオランダ人」の第2幕より

演出家ペーター・コンヴィチュニーは「オペラの革命家」とも呼ばれています。その名前がオペラ界に知られるようになって以来、ハンブルグを中心としたドイツの劇場で、コンヴィチュニーはたくさんの前衛的な演出で物議をかもしてきました。その功績でオペルンヴェルト誌の「今年の演出家」部門を何度も受賞しています。

 実験的な演出で知られるシュツッツガルトやハンブルグでは評判が高いコンヴィチュニーですが、伝統的なミュンヘンでは大成功というわけではありませんでした。過去のワーグナープレミアでは、多くのブーイングが飛び交いましたが、対照的に2月26日にミュンヘンで上演された「さまよえるオランダ人」のプレミアでは、大喝采に包まれました。

 第一幕は今時珍しいくらいの伝統的な演出です。オランダ人水夫たちは16世紀の衣装に身を包み、ダーランドたちノルウェー人水夫は現代の貨物船の様相です。オランダ人を導く天使が登場する以外、特別な読み替えはありません。

短い幕間の音楽の後、時間はロマン時代から現代に一挙に変わります。糸紬の車を回す代わりに、現代の女性たちはフィットネスセンターでステーショナリー・バイクを回します。マリーはトレーナーで合唱にスポーツドリンクを配って歩きます。これには驚きましたが、ドイツ語の歌詞が余りにピッタリなので聴衆は納得です。

第3幕はオランダ人の時代とゼンタの現代との衝突です。オランダ人水夫とノルウェー人水夫の乱闘の後、終幕にゼンタは火薬の詰まった樽に火の付いた蝋燭を投げつけます。観客も含めた全ての人をも吹き飛ばすような爆発音の後、最後の救済の音楽はオーケストラピットからではなく、スピーカーから録音が流れて終幕となります。

アンヤ・カンペは素晴らしいゼンタを歌いました。彼女はバイロイトでもフレイヤを歌っていますが、今回はワーグナーのもっと大きな役も十分にこなせることを証明しました。フィンランド出身のバリトン、ユハ・ウーシタロはロマンチックなオランダ人を歌いました。とりわけゼンタとの二重唱は類を見ないほどの美しさに満ちていました。けがのクルト・モルに代わりダーランドを歌ったマッティ・サルミネンはコミカルな演技と歌で最大の喝采を受けていました。

序曲の冒頭から終幕まで、フィッシャーさんは常に公演をコントロールし、歌手をサポートして最大限の能力を引き出しました。特に第三幕は息もつかせぬ迫力で、説得力ある水夫の合唱の後、エリック、ゼンタ、オランダ人の緊迫した三重唱はものすごい集中力で聴衆を魅惑しました。演出の関係でフィナーレがカットされたことは音楽的には少し残念ですが、公演全体は大成功で、「今年の新制作」レースのトップに躍り出たといっても過言ではありません。

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ザルツブルグのモーツァルト生誕250年祭

モーツァルト週間のリハーサル

1758年1月27日の午後8時頃、ザルツブルグのゲトライデカッセの家で一人の少年が生まれました。彼はヨハネス・クリストフ・ウォルフガング・ゴットリーブと名づけられました。たくさんの名曲を作曲した彼は、世界で最も愛される作曲家、ウォルフガング・アマデウス・モーツァルトとして短い生涯を送りました。その250年後の今年は世界中で彼の誕生が祝われています。 出生地ザルツブルグはその中心地です。世界中のモーツァルト愛好家が毎年恒例のモーツァルト週間に集まり、世界最高のモーツァルト演奏を楽しみました。引く手数多のモーツァルト演奏者、フィッシャーさんもオーストリア・ハンガリー・ハイドンフィルハーモニーと共に招かれ、1月31日にモーツァルテウム音楽院の大ホールで演奏しました。

オープニングは小さなト短調交響曲の25番でした。弦楽器のワイルドなアクセントや4本のホルンの響きはドラマティックな雰囲気を作り上げ、第一楽章か終わった後には多くの聴衆が、情熱的な解釈に無言で頷いていました。全体も素晴らしく、最高のモーツァルトでした。 2曲目の情熱的な短調の曲韮erenice, che fai・はモーツァルトではなくハイドンの作品です。これはハイドンがプリマドンナ・ソプラノのために書いた作品で、1795年にロンドンのキングズ・シアターで初演されました。今回はアルゼンチン出身のソブラノ、ヴェロニカ・カンゲミが技巧を駆使して情感たっぷりに歌い上げ、満員の聴衆から大喝采を受けました。

休憩の後はリラックスした楽しい雰囲気です。まずゲストソプラノのカンゲミがモーツァルトのレチタチーヴォとアリア尿 questo seno deh vieni・#12434;歌い、その後はハイドンの交響曲97番でした。「最初のロンドン交響曲」とも呼ばれるこの作品は、12曲のロンドンセットの中でもフィッシャーさんのお気に入りで、ハイドンフィルをはじめ多くのオーケストラを指揮しています。第2楽章の弦楽器のボウイングなど独特で、とても楽しい雰囲気を作り出していました。ハイドンに関してはフィッシャーさんとハイドンフィルは世界一といっても過言ではありません。

聴衆の大歓声に応えて、アンコールの定番「フィガロの結婚」序曲と「告別」のアダージョを演奏し、演奏会は大成功のうちに終了しました。

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