
ドナウ河沿いのバイロイト − ブダペスト・ワーグナーの日2008




ワーグナーの「ニーベルングの指環」は制作チームのみならず、リハーサルの場所や日程を管理するマネージメントや舞台の裏方にも負担のかかる演目です。16時間の上演には4日が必要ですが、バイロイトやウイーンなどの大きな劇場さえも、「ワルキューレ」と「ジークフリート」の後に休日を入れます。上質な公演では最低6日は必要というのがワグネリアンの常識でした。
3年目を迎えたブダペスト・ワーグナーの日はこの「常識」に挑戦し、世界のトップレベルの歌手たちを集めて、休日なしの4日間で全曲を上演しました。その原動力はフィッシャーさんです。
芸術宮殿とハンガリー放送の共同制作として前半2作は昨年すでに制作していますが、今年は6月4日の「ジークフリート」、14日の「神々の黄昏」のプレミアに続いて、リング・サイクルは19日に始まりました。
この公演のコンセプトは従来通り音楽が中心です。舞台装置や小道具は最小限で、歌手はコンサート用の衣装で歌います。歌を邪魔する過激なアクションはありませんが、一流の噺家のように、歌手はその声、表情や僅かな動作で人物の感情を表現します。若手演出家ハートムート・ショルグホーファーの演出は基本に忠実で、独自の解釈を加えるのではなく、最新技術でワーグナーの世界を実現することを重視ています。「神々の黄昏」の第一幕など不評な場面はありましたが、全体的にト書きにを忠実に実現し、冒頭のライン河を泳ぐラインの娘たちからラストの炎上するワルハラ城まで、あるときはシリアスにまたはコミカルに、スクリーンにワーグナーの世界を展開しました。このような手法は前衛が好きなドイツの批評家からは好評を得るとは限りませんが、ワグネリアンからは絶大な支持を受けていました。
音楽面では、現在考えうる最高のワーグナー歌手の夢の共演となりました。初日の「ラインの黄金」では、クリスチャン・フランツ演じるの皮肉屋ローゲ、ハートムート・ヴェルカーの何処か憎めない悪人のアルベリヒ、そして威厳のあるアラン・タイタス演じるヴォータンが中心となり、物語を進めました。
「ワルキューレ」のキャストはほとんど完璧です。デンマークのテノール、シュティーグ・アンデルセンは悲劇のヒーロー、ジークムントを歌い上げ、現役ドラマチック・ソプラノの最高峰、エヴィリン・ヘルリツィウスは繊細なジークリンデを好演しました。犬を引き連れて二人を追うフンディングを強力なバス、ワルター・フィンクが演じ、神々の長ヴォータンはフィンランドのバリトン、ユハ・ウーシタロ、愛らしいブリュンヒルデはイギリス人ソプラノ、スーザン・ブロックという顔ぶれが揃いました。
「ジークフリート」ではタイロルロールのクリスチャン・フランツが圧巻でした。アラン・タイタスのさまよい人やミヒャエル・ロイダーのミーメも存在感がありましたが、エヴィリン・ヘルリツィウスのブリュンヒルデとのデュエットは夢のワーグナー・ペアの素晴らしさでした。
「神々の黄昏」では、冷酷な悪人ハーゲンを演じたマッティ・サルミネンが特に印象に残りました。スーザン・ブロックのブリュンヒルデは少し軽めではあるものの、フィナーレの歌唱はドラマチックで、16時間の公演の最後を飾るのにふさわしいものでした。
国際的なキャストのみならず、ハンガリー人キャストも国際的に十分通用することを証明しました。世界的にも定評のあるワーグナー・メゾ、ユディット・ネーメットはもちろんですが、素晴らしいイントネーションと美しい声で森の小鳥を歌ったガービ・ガールなど、今後の活躍が期待できる若手を各地から訪れた観客に紹介する機会となりました。ハンガリー放送合唱団(合唱指揮カールマン・シュトラウス)もいつも通り大活躍で、大熱演の合唱がホールを満たしました。
フィッシャーさん指揮のハンガリー放送交響楽団は4日間の長丁場にも関わらず集中を失いませんでした。もちろん疲労による乱れはありましたが、細かい描写はワーグナーの世界を描き出しました。
熱狂的なワグネリアンの喝采は日に日に大きくなり、最終日の「神々の黄昏」では、第一幕の始まる前からブラボーの大合唱でした。全てのキャストは大きな喝采で迎えられましたが、合唱団とオーケストラが舞台に上がったときには、ひときわ長く大きな拍手が続きました。
この公演はハンガリーの批評だけでなく国際的なメディアからも注目され、ドイツの批評は「ドナウ河沿いのバイロイト」とバイロイトのライバル出現と賞賛していました。歌手の出来について意見の分かれる観客も、アダムがいなければこのリングは実現しなかっただろうという点では同じ意見です。ハード・コア・ワグネリアンはアダムの業績を賞賛し、来年のリング・サイクルを心待ちにしていました。
来年の「ブダペスト・ワーグナーの日」では4日間のリングが2サイクルあり、第一サイクルは6月11日から14日、第2サイクルは18日から21日の予定です。その後に2006年に制作した「パルジファル」の再演が26日と28日にあります。サイクルのチケットは芸術宮殿のボックス・オフィスですでに販売しています。
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ウイーン交響楽団の「青髭公の城」
4月にはフィッシャーさんは別の有名コンサートオーケストラのウイーン交響楽団の指揮台にも登場しました。プログラムはモーツアルトの「リンツ」とハンガリー語によるコンサート形式のバルトーク「青髭公の城」です。
ドイツ人ソプラノ、イリス・ヴァーミリオンがユディットを歌い、青髭公はアメリカ人バリトン、ジェームス・ジョンソンでした。二人のハンガリー語は正確とは言えないものの、オーストリアの聴衆に向けては問題はありません。
むしろ問題はオーケストラです。コンサートが専門のウイーン響はバルトークのオペラの経験が不足しています。この作品では登場人物の感情を管弦楽で表現する場面がたくさんありますが、ウイーン交響楽団は表題の無い交響曲のように感情を込めず淡々と演奏し、結果として指揮者以外は物語を知らないかのような、少々味気ない演奏になったのは残念でした。
バルトークを熟知するハンガリーの団体とは異なった演奏でしたが、持ち前の技術で圧倒し、客席からはたくさんのブラボーが飛んでいました。
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バンベルグ響とのブダペスト春の音楽祭
過去何年にもわたって、フィッシャーさんは毎年バンベルグ交響楽団の定期演奏会に出演していますが、今度は故郷のブダペストでの共演が実現しました。恒例のブダペスト春の音楽祭の公演のひとつとして、両者はバルトーク国立コンサートホールの舞台に登場しました。
前半はまずハイドンの嵐をテーマにした合唱曲2曲、「トビアの帰還」から“Svanisce
in um moment“とマドリガル「あらし」を演奏しました。合唱のハンガリー放送合唱団はいつも通りの実力を発揮しました。
次のモーツアルトのプラハ交響曲はダイナミックで生き生きとし、それでいて時にエレガントな演奏で、オーケストラは全てを完璧に演奏しました。ビブラートを控えた弦楽器は暖かい音色を奏で、ソロフルートとオーボエはその優秀な技術を発揮しました。これほどすばらしいモーツァルトはめったに聴けません。
後半のドボルザークの交響曲第8番は昨年10月にオーケストラの本拠地バンベルグの定期演奏会でも取り上げています。哀愁を感じさせるト短調のメロディとフルートソロに続く第一楽章は明るい雰囲気に満ちています。情緒的な第三楽章では弦楽器とオーボエがボヘミアの森を描写し、ファンファーレに続いてゆっくりと始まるフィナーレは後にドラマティクに変化します。ゆっくりした部分でも決して間延びすることなく、最後は金管が活躍するコーダで勇壮送に締めくくりました。
満員のお客さんのみならず、演奏していたオーケストラも満足しただすばらしいコンサートでした。
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カタルーニャ音楽堂100周年-ハイドンフィルのスペインツアー
スペイン第二の都市バルセロナはカタルーニャ地方の首都でもあります。この街にはアントニ・ガウディの聖家族教会など、アールヌーボーの建築がたくさんあり、カタルーニャ音楽堂はユネスコの世界遺産にも登録されています。そのバルセロナ市はフィッシャーさん指揮のハイドンフィルを招待し、この美しいホールの100周年を祝いました。
この特別演奏会は非公開で、カタルーニャ州政府の要人と幸運な招待客のみが鑑賞しました。
公演はまずこのホール所属の合唱団、オルフェオ・カタラによるスペイン国歌の斉唱で始まり、続いてヴェロニカ・カンゲミ、ロベルト・サッカ、トマス・クァストホフをソリストに迎えたハイドンの「天地創造」が演奏されました。
スター歌手クァストホフは1990年代にには何度もハイドンフィルと共演し、92年のテレビ番組「子供のための天地創造」でもソロを務めました。ハイドンフィルとの共演は16年ぶりですが、今回も実に素晴らしい歌唱でした。低音の伸びは誰にも真似はできません。力強い彼の歌声はリリカルなサッカやカンゲミと好対照でした。
ドイツ語は母国語ではありませんが、オルフェオ・カタラの合唱もこの演奏の主役でした。アダム・フィッシャー指揮のハイドンフィルも合唱やソリストの伴奏だけでなく、しっかりした特長を示した演奏でした。この公演は100年の節目にふさわしい歴史的な名演となりました。
翌日フィッシャーさんとオーケストラはスペインの首都マドリッドに移動し、現代的で素晴らしい音響の国立コンサートホールで再演しました。バルセロナのカタルーニャ音楽堂での演奏に比べると、午前中に移動があり疲れていたこと、また休憩なしで第一部から第三部までを続けて演奏したことなどが重なり、オーケストラもソリストも若干集中力をそがれ、いくつかのミスも見受けられました。しかしながら熱狂的なマドリッドの聴衆は終演後に立ち上がり、大きな拍手で熱演にこたえていました。今年のスペインツアーは大成功で幕を閉じました。
ハイドン・イヤーの2009年はたくさんのツアーがありますが、年末には15年ぶりの日本を含むアジアツアーも予定されています。
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ロンドンフィルハーモニックへの客演
ヨーロッパ大陸だけでなく、イギリスでもフィッシャーさんは人気がありますが、1月25日にはロイヤル・フェスティバルホールで、ロンドンフィルの指揮台に登場しました。
オープニングは「レオノーレ」序曲第3番で、美しいフルートソロが開場の雰囲気を盛り上げます。序曲に続いてはバルトークのヴァイオリン協奏曲第2番です。技術的にも難しい曲で、ソリストのシュロモ・ミンツはとても緊張していました。そのためか超一流の技術は示したものの、音楽性では今ひとつという印象でした。
後半はフィッシャーさんが昨年ハイドンフィルと演奏している、ドボルザークの「新世界より」です。ハイドンフィルの演奏はオーケストラの規模も小さく、古典派に近い演奏でしたが、大編成のロンドンフィルは迫力があり、ロマン派の交響曲には適しています。結果的には昨年の演奏よりも素晴らしいものになりました。フレキシブルなロンドンフィルが、その実力を発揮した演奏でした。
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ブダペストのニューイヤーコンサートにハイドンフィル客演

オーストリア・ハンガリー・ハイドンフィルハーモニーが創立された1987年は、ハンガリーはまだ共産主義で、オーストリアとハンガリーの国境は鉄のカーテンの一部でした。その20年後にはオーストリアとハンガリー両国はEUに加盟し、シェンゲン条約も批准しました。昨年の12月以来、国境でのパスポートチェックはありません。これはフィッシャーさんの長年の夢でした。
シェンゲン条約発効を祝うニューイヤーコンサートがブダペストのバルトーク国立コンサートホールで開かれ、フィッシャーさん指揮のハイドンフィルが客演しました。プログラムは新年にふさわしく、ハイドンの名作オラトリオ「天地創造」です。
夜のコンサートに先立ち、フィッシャーさんとハイドンフィルは子供向けに「天地創造」の抜粋を演奏しました。フィッシャーさん自身が物語を解説し、ハイドンのアイディアを説明しました。例えば動物のアリアでは、3種類の異なったライオンの解釈を提示し、聴衆が好みのものを選ぶという趣向もありました。若い聴衆は大喜びで、フィッシャーさんの指揮真似をする子もたくさんいました。
夕方のコンサートは人気が高く、かなり以前からチケットは売り切れでした。ベロニカ・カンゲミ、ジョン・マーク・アインズリー、フローリアン・ボッシュと共にフィッシャーさんが登壇すると、新年を祝う大喝采で迎えられました。
管弦楽のピアニッシモが美しい、有名な「混沌の序奏」に続く、ハンガリー放送合唱団のフォルティッモによる“Und
es ward Licht”は素晴らしいコントラストで、神の力の偉大さを描写しました。その他にもフィッシャーさん独特のアイディアが満載で、15番の鳥のアリアでは、フルートが上からソロを演奏し、鳥のさえずりを表現していました。
この曲ではハンガリー放送合唱団も重要な役割を担っています。有名な合唱曲
“^Die
Himmel erzählen
die Ehre Gottes”では、闇に打ち勝つ光を堂々と歌い上げ、またフィナーレではソリストと対になって盛り上げました。終演後は暫く沈黙があり、聴衆の嵐のような拍手が開場に響きました。
バルトーク国立コンサートホールでは、毎年ハイドンの「天地創造」で新年を迎える計画を立てています。まだ正式には発表されていませんが、来年はフィッシャーさん指揮のロンドンフィルが客演する予定です。
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