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ヨーロッパの調和の痛快な表現−ハイドン・フィルハーモニー、3度目のロンドン公演ハンガリーの大貴族、エステルハーツィー家に仕えたハイドンですが、晩年には2度に渡って英国に滞在し、有名なロンドン交響曲を作曲しました。現在でも英国ではハイドンは親しまれており、フィッシャーさんとハイドン・フィルハーモニーは93年のBBCプロムス以来、数回訪問しています。今回は、オーストリア文化協会が主催した「フェスティバル・オブ・セントラル・ヨーロピアン・カルチャー」の一環として、6月22日にロンドンのバービカンホールでの公演でした。 中央ヨーロッパの文化といっても、EUの加盟国である英国人にとって、特に目新しい物ではありません。そのため、フェスティバルの焦点がはっきりせず、成功とは言い難い物でしたが、訪英中のグンツ・ハンガリー大統領をはじめとして、政府の要人も来場するなど、ハイドン・フィルハーモニーの登場で、大いに盛り上がりました。 プログラムはハイドンのト短調の「サルベ・レギーナ」で幕を開けました。小編成の弦楽器とロンドンの合唱グループ、ニュー・カンパニーの演奏は、十分楽しめる物でしたが、合唱団から選ばれたソリストは音量が不十分だったのが残念でした。 次のハイドンの交響曲88番は、昨年のハイドンターゲでも演奏した作品ですが、冒頭の弦楽器のボウイングから特徴的で、まさしく中央ヨーロッパ流の本物のハイドンを展開しました。 後半はモーツアルトの交響曲38番「ブラハ」です。フィッシャーさん自身は昨年のモーストリー・モーツアルト・フェスティバルなどで何度も演奏していますが、ハイドンフィルとしては初めてのコンサートでした。オーケストラも素晴らしいヨーロッパの調和を披露し、大喝采を誘いました。 アンコールとして、「フィガロの結婚」序曲と、ホルンが活躍する、ハイドンの「報いられた真心」序曲を演奏し、コンサートは大成功のうちに幕を閉じました。 デイリー・テレグラフ紙やタイム紙は、「ヨーロッパの調和の痛快な表現」「真の中央ヨーロッパの方言」と絶賛するなど、辛口で知られるロンドンの評論家たちも、ハイドン・フィルハーモニーのアンサンブルの素晴らしさと、フィッシャーさんの中央ヨーロッパ的な解釈に感心していました。 コンサート・レビューの先頭に戻る
オランダハイドン協会主催オペラ「月の世界」 1998年5月29日、オランダのユトレヒトにある、ヴェルデンブルグ音楽ホールでオペラ「月の世界」が演奏されました。
当初予定されていた指揮者、フランス・ブリュッゲェンが病気のため降板しましたが、昨年のハイドンターゲで同作品を指揮したアダム・フィッシャーが、出演可能ということで、協会は大喜びでした。 今回は舞台装置や衣装の無いコンチェルタンテ形式での公演でしたが、ジュリアン・ハルトマン、ヴァレリー・セルキン、ジーナ・メイヤーなどの豪華な歌手が共演しました。オランダ室内放送オーケストラを指揮したアダム・フィッシャーも、十分満足したにちがいありません。一流の歌手陣と一緒に歌詞を口ずさみながら指揮するほど、この作品を知り尽くしているのがよくわかりました。 終演後には、オペラを楽しんだ聴衆が暖かく長い拍手で感謝を表していました。ことハイドンに関しては、アダム・フィッシャーは現在最も素晴らしい指揮者であることは間違いありません。このオペラのデジタル録音は、インターネットで公開される予定です。(http://klassiek.tros.com/concertnet/concert980529.html) (オランダ在住会員、マーク・スタム) コンサート・レビューの先頭に戻る
大熱演のマーラー交響曲第六番16日と17日は日本での最後の休日でした。好奇心旺盛なフィッシャーさんは、世界的に有名な日本の朝の通勤電車の混雑を体験するため、早起きして新宿駅に行きました。最近はフレックスタイムが導入され、以前の様に電車に人を押し込むことは少なくなっていますが、多くの人が整然と電車に乗り降りする姿を見て、フィッシャーさんは「ハンガリー人には絶対できない。日本人の賢さと従順には感心する。」と驚いていました。 18日からは最大の山場、マーラーのリハーサルです。交響曲第六番は「悲劇的」という題名が示す通りに、英雄の戦いと死を描いています。4楽章の古典的な形式ではありますが、マーラーの最高傑作とも言われています。フィッシャーさんによると、作品に没頭するにつれ、累々とした疫病患者、血まみれの死体などのイメージが頭に浮かび、マーラーの狂気に憑り付かれたようになるそうです。周囲から見ても緊張しているのが良く分かりました。 20日の演奏は、オーケストラも観客もとても集中した、素晴らしい出来でした。第一楽章からテンポを速めにとり、すごい気迫で一気に演奏しました。両端楽章が特に素晴らしく、戦い続ける英雄の姿を描き出しました。終盤に振り下ろされる2つのハンマーは、死神のカマを連想させるほど不気味で劇的でした。また、熱狂的な演奏の中にも、コンサートマスターの矢部達哉が奏でるソロが美しく、哀愁を漂わせていました。 フィッシャーさんの命を削るような熱演に圧倒された聴衆は、息を呑んで聞き入っていましたが、終演後には大きな拍手で感動を表わしていました。
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ハンガリーの神髄、お得意のバルトーク9日は再びオフ。久々の日本ということで、フィッシャーさんは浅草と秋葉原を訪ね、お土産を探しました。
13日は会場の文化会館大ホールで最終リハーサルの後、本番を迎えました。フィッシャーさんの情熱的なベートーベンに、テツラフは高度なテクニックで応え、素晴らしい演奏でした。カデンツァはベートーベン自身がピアノ用に編曲したもののテツラフ流の解釈で、ティンパニの伴奏付きでした。所々のソロも素晴らしく、とりわけ美しい音色のピアニッシモには、都響のソロ・コンサートマスター、藩寅林も感嘆の声を上げました。観客の大喝采に応えて、テツラフは2曲のバッハをアンコールとして演奏しましたが、フィッシャーさんもちゃっかりオーケストラの一番後ろに座って拝聴しました。
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パワフルな金管楽器、チャイコフスキー第五番2月4日の朝、成田に到着したフィッシャーさんは、滞在先の都ホテルに直行し、一休みの後、夕食には好物のラーメンを食べて4年ぶりの日本を実感しました。 翌5日はオフ。夕方にブタペスト・オペレッタ劇場オーケストラのメンバーとして来日中の、ハイドンフィルのヴァイオリニスト、カトリン・フェニョーさんに会うために、渋谷のオーチャードホールへ。メリー・ウイドーの終演後、オーケストラのバスに便乗して談笑しました。 2月6日と7日はリハーサル。朝9時半に東京都交響楽団の辻田麻理子さんが専用車で出迎え、上野の文化会館へ。東京都交響楽団は東京都が1965年に設立したオーケストラで、森正、渡邊暁雄、若杉弘ら歴代の音楽監督の元、日本を代表するメジャー・オーケストラに成長しました。今年4月にはガリー・ベルティーニが四代目の音楽監督に就任しました。フィッシャーさんは11年ぶり4回目の共演で、過去にはバルトークの「青髭公の城」などの名演を残しています。 8日は池袋の芸術劇場でマチネー。このコンサートは都民芸術フェスティバルの一環で、プログラムはモーツアルトの「ドン・ジョヴァンニ」序曲、シューマンのピアノ協奏曲(ピアノ伊藤恵)、チャイコフスキーの交響曲第5番と、ポピュラーな組み合わせでした。普段あまりチャイコフスキーは演奏しないフィッシャーさんですが、都響の金管楽器群の強力な響きが印象的な、パワフルな演奏でした。ただ金管に比べて、定評のある弦楽器群が聞きづらかったのが少々残念でした。 この日のアンコールはモーツアルトの「フィガロの結婚」序曲。チャイコフスキーの後なので、モーツアルトにしては大きな編成で、弦楽器と木管楽器がずれるなど、少々問題はありましたが、全体的にとても楽しめる日曜日のコンサートでした。
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チューリッヒオペラ「コシ・ファン・トゥッテ」前述の「ニナ」以外、グルベローバと共演の「シャモニのリンダ」など、今年もフィッシャーさんの活動の中心になっているチューリッヒ・オペラで、 ハイドンターゲ直後の9月25日、「コシ・ファン・トゥッテ」の公演を観る機会がありました。 名演出家、ジャン=ピエール・ポネルによる演出は、約3時間カット無しのオーソドックスなものですが、音楽を妨げること無い、高品質の舞台でした。 「月の世界」のメイド、リゼッタ役の演技で好評を博したリリアナ・ニヒテヌが、デスピーナ役で登場したほか、イウリア・イサーブ、アントン・シャリンガーなど、チューリッヒ・オペラの人気歌手が、恋のアリアやデュエットを存分に披露しました。風邪ぎみで十分な体調とは言えないフィッシャーさんでしたが、チューリッヒ・オペラ・オーケストラを率いて歌手陣をサポートし、モーツアルト自身も満足するような、音楽中心の公演でした。 コンサート・レビューの先頭に戻る
ハイドン・オペラ「月の世界」
この作品は、エステルハーツィー公の次男のニコラウス二世の結婚を祝して1777年に初演されたもので、ゴルドーニの台本を元にし、通常は三幕で演奏されます。しかし、フィッシャーさんと演出チームは、調査の結果第三幕はゴルドーニが追加したもので、作曲者の関与は少ないと判断し、最初の二幕だけで構成しました。ただし、第三幕のデュエットやフィナーレなど、カットするには惜しい作品もあるため、これを第二幕に含めて上演しました。 あらすじ:天文学好きの金持ちボナフェーデ(バリトン)には、フラミーニアとクラリーチェ(共にソプラノ)の二人の娘がいますが、年甲斐もなく若いお手伝いのリゼッタ(アルト)に思いを寄せています。えせ天文学者で、クラリーチェに好意を持つエックリーティコ(テノール)、フラミーニアに恋するエルネスト(カウンター・テノール)、リゼッタを愛するチェッコ(テノール)の三人は、ボナフェーデを騙してそれぞれの愛を成就させようと目論見ます。まず、偽の望遠鏡でボナフェーデに月の世界を見せ、興味をそそります。さらに、これを飲むと月の世界に行けると称し、睡眠薬を飲ませることに成功します。ボナフェーデが眠っている間に三人は、偽の月の世界を作り出します。眠りからさめたボナフェーデは星たちの踊りなどを見て大喜びで、信じてしまいます。月の王様の振りをしたチェッコが、リゼッタを差し出すように要求すると、しぶしぶながら同意します。また、価値がなくなったと思い込んでいる財産の譲渡証と共に、二人の娘の結婚を宣言すると、三人と事情を知っている娘たちは、「茶番は終わった」と叫びます。騙されていたことに気が付き、怒り狂っているボナフェーデを三組のカップルが慰めながら、フィナーレとなります。(ゴルドーニの追加した第三幕では、三組のカップルがボナフェーデに誤り、和解することになっています。) 今回の「月の世界」は、現在フィッシャーさんの活動の中心になっている、チューリッヒオペラとの共同制作でした。アイゼンシュタットに先立ち、9月2日から5回にわたり、スイスのウインタートア市民公園劇場で上演されました。演出はマティアス・ショーンフェルト、舞台装置と衣装はケルステン・パウルセンという「オルランド」以来の組み合わせです。オーケストラは、ウインタートアではウインタートア市立オーケストラ、アイゼンシュタットではもちろんハイドンフィルハーモニーが伴奏を務めました。 「月の世界」とはいっても、ストーリー上、あくまでも偽者でなければならず、凝った演出をすることはできません。しかし、あまり空々しいと説得力に欠けてしまいます。この一番の問題を、制作チームは紙を使うという画期的なアイディアで解決しました。舞台を大きな白い紙で覆い、進行に合わせて登場人物がカラフルな模様を描くことによって、幻想的ではあるが、偽者の雰囲気も漂う月の世界を作り出しました。ただしこの演出は賛否両論で、紙の出す雑音で音楽が聞きにくいなどの問題もありました。 音楽面では、やはりフィッシャーさんの指揮が特筆に値する素晴らしいものでした。とても幻想的な月の世界の描写音楽や、楽しいフィナーレながら、トランペットのフォルテッシモでポナフェーデの怒りを表現するあたり、フィッシャーさんならではの軽快な指揮ぶりでした。多くの観客や評論家から聞かれた意見では、「今回の『月の世界』は、ハイドンのオペラもモーツアルト同様に素晴らしい事を証明したが、それにはフィッシャーの指揮が大きく貢献しているだろう。」とのことでした。 チューリッヒオペラのスターを起用した歌手陣の活躍も見逃せません。フラミーニア役のイザベル・レイが力強い歌唱を示すと、クラリーチェ役のエリザペス・マグナソンは素晴らしいコロラトゥーラを披露し、リゼッタ役のリリアナ・ニヒテナウは安定した歌とユーモラスな演技で喝采を誘いました。男声陣では、エルネスト役のニコラス・ハリアデスが恋に悩む若き騎士の心を歌い上げました。 斬新な演出と素晴らしい音楽の「月の世界」でしたが、アイゼンシュタットでの初演の当日には、休憩時間に皆既月食を観測でき、天体ショーの演出にも大喝采でした。
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フェストカンタータ「アプラウサス」2回のオペラ公演の中日にあたる9月17日には、ハイドンのフェストカンタータ「アプラウサス」の演奏会がありました。 この「アプラウサス」はあまり知られていないもので、コンサートで演奏されることは希ですが、随所にソリストの難しいカデンツァや、オーケストラのソロを含んだ素晴らしい作品です。
アイゼンシュタットではおなじみのソプラノのイボヤ・ヴェラビッチや、テノールのヘルムート・ヴィルドハバーらの奏でる素晴らしいカデンツァに聴衆は大満足で、曲の間に思わず喝采してしまうほどでした。また、チェンバロ奏者、ユディット・ペーテリや、コンサートマスターのウォルフガング・レディクの美しいソロにも惜しみない拍手を贈りました。 コンサート・レポートの先頭に戻る
新作「Four Toys for small orchestra」とおもちゃの交響曲
プログラムの最初はチマローザの「秘密の結婚」序曲で、五月のグラーフェンネッグのアンコールに続いての演奏でした。
次の「おもちゃの交響曲」は、おもちゃを担当する子供たちの独壇場でした。小編成の弦楽器の奏でる音楽に合わせて、縦笛や太鼓、はと笛などを担当したアイゼンシュタット音楽学校の生徒たちは、大人顔負けの演奏でした。あまりに上手なので、フィッシャーさんは来年に予定されているオラトリオ「四季」にも起用する考えです。 休憩の後は、今年のテーマにそって、パリ交響曲の中から、88番の演奏でした。この曲はフィッシャーさんのお気に入りの一つで、しばしばアンコールとして演奏されていました。今回の演奏は、CDに録音されている物とは大分異なった、ダイナミックな演奏でした。 アンコールにはパリ交響曲の中から86番の第4楽章と、恒例の告別交響曲の4楽章のアダージョを演奏し、音楽祭の幕を閉じました。 コンサート・レポートの先頭に戻る
モーストリー・モーツアルト・フェスティバルニューヨークの夏の風物詩にもなっている、モーストリー・モーツアルト・フェスティバルに招かれたフィッシャーさんは、97年8月8日と9日の2回のコンサートを行いました。フェスティバルはモーツアルトと彼に関係のある作曲家にスポットを当てたもので、毎年3週にわたって開催され、世界中の観光客を集めています。フィッシャーさん自身は94年のハイドンフィルハーモニーとの共演に続き、3度目の登場です。 コンサートは音楽祭の最初の週末にあたり、「モーツアルトとプラハ」と題された特別シリーズの一環でした。モーツアルトはヨーロッパ各地を旅しましたが、プラハ程暖かく迎えた街はありません。ウイーンでは評判の良くなかった「フィガロの結婚」もプラハでは大成功で、モーツアルトは生前3回この街を訪ねています。今回フィッシャーさんのプログラムは、プラハに関係する曲目で占められました。 8月8日は「ドン・ジョバンニ」序曲に続いてモーツアルトのアリア"Bella mia fiamma...Resta,o cara"、ピアノ協奏曲第20番。休憩の後にはアリア"Ah, lo previdi...Ah, t'invola agl'occhi miei."と交響曲第38番「プラハ」。翌日は「皇帝ティテゥスの慈悲」序曲とドゥシェックの2台のピアノのための協奏曲、後半は前日と同じプログラムでした。アリアは予定されたアマンダ・ルークロフトに代わり、ソプラノのシェリ・グリーナワルトが歌い、ピアノソロはイヴァン・モラヴェック、デュオはアンソニーとヨーゼフのパラトル兄弟が起用されました。 定期演奏会とは異なり、連日コンサートがある音楽祭は、十分リハーサルを行うことができません。今回は通常のリハーサル1回とドレス・リハーサルという非常に限られたスケジュールでしたが、フィッシャーさんはモーストリー・モーツアルト・フェスティバル・オーケストラを見事に操り、素晴らしい演奏を聞かせてくれました。交響曲「プラハ」第四楽章の速いテンポにオーケストラがびっくりする場面もありましたが、とても生き生きした、素晴らしい演奏でした。 ただし、音楽祭事務局が選んだドゥシェックの「2台のピアノのための協奏曲」では、多少問題もありました。ドゥシェックはモーツアルトと同時代の作曲家兼ピアニストで、ハイドンも賞賛したほどの才能の持ち主でしたが、その死後作品は忘れ去られ、現在ではあまり演奏されません。プラハ時代のモーツアルトと親しかったということで、今回のプログラムに登場しました。しかしながら、楽譜の入手が困難で、コンサートの直前にプラハから送られてきた物は手書きで間違いだらけ、唯でさえ短いリハーサルの時間を余分に使う結果になりました。もちろん本番の演奏は十分なものでしたが、読みにくい手書きの楽譜にフィッシャーさんとオーケストラは閉口していました。 2回のコンサートは大成功で、オーケストラや音楽祭事務局も満足していました。9日の終演後事務局と会談したフィッシャーさんによると、アイゼンシュタットのハイドンターゲとオペラの共同制作の構想も飛び出したそうです。ファンとしては是非とも実現して欲しいものです。 コンサート・レビューの先頭に戻る
マーラー誕生日コンサート、カッセル有名な作曲家マーラーは1883年から1885年までの2年間、ドイツのカッセルで指揮者として活躍しました。カッセルはフィッシャーさんがカッセル国立劇場の音楽監督(1987年から1992年)を勤めた街でもあります。 マーラーが大好きなフィッシャーさんは在任中にグスタフ・マーラー・フェスティバルを創設し、2年に一度、マーラーの交響曲を演奏しています。今年のコンサートは7月7日に、カッセルのシュタットハレでマーラーの誕生日を記念して行われました。今回のプログラムは交響曲第9番で、フィッシャーさんは2月にハンガリー国立交響楽団と演奏しています。また、1992年に音楽監督を辞任する直前の3月にも、ここカッセルで同じ曲を指揮しています。 カッセル国立劇場オーケストラは通常オペラ専門のオーケストラで、マーラーの交響曲は普段と異なった挑戦です。第四楽章の盛り上がりで、弦楽器に力が不足し、マーラーのダイナミクスを表現しきれなかったのが残念ですが、なかなかの演奏でした。 カッセルの聴衆は久々のフィッシャーさんの登場に大満足で、大喝采で応えていました。 コンサート・レポートの先頭に戻る
ユニークなプロダクション、チューリッヒオペラ「後宮からの誘拐」巨大なメトとは異なり、1200人収容の中規模のオペラハウス、チューリッヒオペラで、6月21日、25日、28日の3回、フィッシャーさんはモーツアルトの喜歌劇「後宮からの誘拐」を指揮しました。昨年の11月にも数回公演しており、今回はキャストを変えてのリバイバル公演でした。全体の印象としては、とにかく楽しい舞台でした。舞台と密接にするために、オーケストラピットは高い位置にセットされ、第二幕の途中では、そのオーケストラピットから4人のソリスト(ヴァイオリン、チェロ、フルート、オーボエ)が突然舞台に上がり、コンスタンツェの有名なアリアの伴奏をするなど、ちょっとびっくりした演出もありました。 コンスタンツェ役のエリザベス・マグナソンのとても美しいコロラトーラ・ソプラノは、満員の聴衆を魅了しました。また所々に登場する、4人のトルコの楽隊がとてもユーモラスで、効果的でした。 コンサート・レポートの先頭に戻る
ダイナミックなメトロポリタンオペラ「アイーダ」
3人のアイーダと3人のアムネリスが交代に出演するという、少々不自然な配役ではありましたが、ラダメス役のマイケル・シルベスターが少々緊張気味だったのを除けば、全体的に無難な出来でした。フィッシャーさんの選んだベスト・キャストは、アイーダには歌唱力だけでなく、演技も優れたキャロリン・ジェームス。アムネリスにはやはりアメリカ一のメゾと言われ、この役を持ち役にしているドローラ・ゼイック。アモナスロにはベテラン、シェリル・ミルネス。ラムフィスにはエリック・ハルファソンでした。残念ながら、このキャストによる公演はありませんでした。 コンサート・レポートの先頭に戻る
インターナショナル・ハイドンターゲ‘96毎年9月にオーストリアのアイゼンシュタットで開催される、インターナショナル・ハイドンターゲも、回を重ねて今回で8回目となりました。音楽祭の常連の中にはファンクラブの会員も多く、年に一度の交流を楽しみました。今回のバラートムはハイドンターゲ‘96での、フィッシャーさんとハイドン・フィルハーモニーの活動を中心にお届けします。 今回、フィッシャーさんとハイドンフィルハーモニーは計3回の公演を、メイン会場であるハイドンザールで行いました。 9月8日(日)のコンサートは、交響曲第60番"Il Distratto"で幕を開けました。この曲は交響曲としては珍しく6楽章で構成され、途中に弦楽器のチューニング・トーンが入るなど、ハイドン特有のユーモアに満ちた作品です。あまり知られた曲ではありませんが大好評でした。 拍手が一段落すると、オーケストラのほとんどが退場し、ソリストにフルートのハンスゲオルグ・シュマイサーとオーボエのペーテル・シュライバーを迎え、わずかに6つの弦楽器とホルン、フィッシャーさん自身のチェンバロが伴奏する「2つのライレ・オルガニザッテとオーケストラのための協奏曲」が始まりました。この曲の途中には、有名な交響曲「軍隊」の旋律が含まれていますが、いつもとは逆にフィッシャーさん以外は皆立って演奏し、交響曲とは一味違った、暖かい演奏でした。
休憩の後は本来のサイズに戻り、ロンドン交響曲の中から96番の「奇跡」をダイナミックに演奏してくれました。そしてアンコールはおなじみの、オペラ"La
Fedelta Premiata"序曲です。舞台裏に隠れて演奏していたホルンが、忍び足で客席後方に回り、勇壮なソロで観客を驚かせるなど、とても楽しい演奏会でした。
アンコールは「フィガロの結婚」序曲で、聴衆のみならず、演奏者もこのコンサートを楽しんだことを示すかのような、最高の演奏でした。最後に恒例の「告別」交響曲の4楽章の後半アダージョを一人ずつ立ち去りながら演奏し、音楽祭終了の名残を惜しみました。 オーストリアの日刊紙「クーリエ」は、この日のコンサートを以下のように評しています。「ドラマティックなアクセントを多用した、ダイナミックで最もエネルギッシュ、ハイドンの典型からかけ離れた演奏で、堂々と音楽祭を締めくくった。」 来年はフィッシャーさんとハイドン・フィルハーモニーによる、ハイドンのオペラ「月の世界」などが予定されています。 コンサート・レポートの先頭に戻る
ル・マン音楽祭‘96今年で第14回を数える、フェスティバル・レポゥが5月4日から12日まで、フランスのル・マンで開催されました。この音楽祭は、室内楽を中心にしており、ハイドン、モーツアルト、ベートーベン、シューベルトといった、古典派からロマン派初期の作曲家の作品にスポットを当てています。フィッシャーさんとハイドン・フィルハーモニーは今回が3度目の出演で、今回は5月5日と8日の2回のコンサートがありました。最初のコンサートは、ハイドンのオラトリオ「天地創造」で、ソプラノにヴァンダ・タベリー、テノールにはアイゼンシュタットでも共演しているヘルムート・ウィルドハーバー、バスにはペーター・コベシュ、コーラスには地元フランスのCh*ur R*sonnances du Mansという顔ぶれでした。ハイドン・フィルハーモニーのチェンバロ奏者、ユディット・ペーテリさんによると、音響もよく、大変素晴らしいコンサートだったという事です。また、8日のコンサートはモーツアルトの「魔笛」序曲と交響曲第41番「ジュピター」、ハイドンの交響曲第88番とソリストにゲーリー・ホフマンを迎えたチェロ協奏曲でした。 フィッシャーさんとハイドンフィルハーモニーは、来年もこの音楽祭に出演する予定です。詳細は決定次第お知らせします。 コンサート・レポートの先頭に戻る
ハイドン・フィルハーモニー、ロンドン公演3月11日にロンドンのロイヤル・アルバート・ホールでアダム・フィッシャーとオーストリア・ハンガリー・ハイドン・フィルハーモニーは、英国で2回目のコンサートを開きました。「世界のオーケストラ」と題するシリーズの一貫で、多数のチケットは予約会員向けでしたが、中にはアイゼンシュタットでコンサートを楽しんだ人々の顔も見られました。コンサートは*La fedelta premiata*序曲で始まりました。客席に位置した二組のホルンが中盤で互いに掛け合いを見せ、とてもエキサイティングでした。次はとても美しい「告別」交響曲です。最終楽章では演奏を終えたオーケストラが次々に退場し、舞台がだんだん暗くなる中、最後にはアダムも忍び足で立ち去り、ライナー・ホネック、ウォルフガング・レディクの二人の第一ヴァイオリンが立ち上がったところで終了しました。 オーストリア・ワインを飲みながらアイゼンシュタットの思い出を談笑した休憩時間の後は、オーケストラが倍ほども大きくなり、ソプラノのパトリシア・ロザリオと共にマーラーの第4番が演奏されました。ハイドンフィルのマーラーとは不思議な感じもしましたが、フィッシャー自身がプログラムに書いた興味深いコメントのおかげで、作曲者が総譜に指示したダイナミクスを理解することができました。ソプラノは冒頭から舞台に登場し、第三楽章と最終楽章は中断なく演奏されました。 ロンドンの新聞の評論家は熱狂的に褒め称えました。「フィッシャーは細かな表現に大切にし、この上なく美しい音楽を作り上げた。とても静かに謹聴していた聴衆が喜びに充たされるのを私は目撃した。」−インディペンデンス誌(記事提供ロバート・エイバリー) コンサート・レポートの先頭に戻る
メトロポリタンオペラ続報 今回フィッシャーさんは1月8日にハンブルグを発ちました。しかし、米国東海岸をおそった記録的な大雪のためニューヨークの空港が閉鎖され、フィッシャーさんを乗せた飛行機は行き先が決まらないまま上空を旋回、最終的にはシカゴに何とか着陸しました。その後フィッシャーさんは2日遅れでニューヨークに到着し、リハーサルを開始しました。 1月17日の初日にもハプニングがありました。まずフィガロ役のマーク・オズワルドか直前にキャンセルし、急遽代役にアーリー・パトリアルコが起用されました。さらに、第一幕の一場から二場への転換で回り舞台が動き出した時、バルトロ医師の家のセットの一部が壊れ、公演が15分ほど中断してしまいました。けが人はいませんでしたが、この数日前メト新制作「マクロポロズ・ケース」の初演において、テノールがアリアの最中に心臓麻痺を起こし、数メートル上から落下、死亡する事件があっただけに、関係者をヒヤリとさせました。 ラジオ放送は、1100回記念にふさわしい、素晴らしい演奏でした。ソプラノのスウェンソンは高音のコロラトゥーラを堂々と披露し、とても華やかな印象でした。フィガロのマーク・オズワルドは小柄ながら歌に演技に大活躍で、観客の注目を集めました。今回デビューのラウー・ギメネーズは自らギターを弾いてセレナーデを歌うサービスぶりでした。マイクの位置などの関係で、実際に聞いたものとは若干違う感じもしましたが、非常に臨場感にあふれ、是非とも生で見たくなるような放送でした。ファンクラブ会員で、聞き逃した方は当方までご連絡下さい。ラジオから録音したテープがあります。 コンサート・レポートの先頭に戻る
ハンガリー国立響オーストリア・ツアー昨年12月17日にリンツで開かれたフィッシャーさんとハンガリー国立響のコンサートレポートを、ドイツ在住のファンクラブ会員、ワイスガーバー博士からいただきました。 プログラム:バルトーク「カンタータ・プロファナ」。リスト、ピアノ協奏曲第2番。コダーイ「ハンガリーの詩篇」
アダムはいつもの通り、本当に素晴らしい出来でした。アメリカ滞在や、チューリッヒとニューヨーク往復の強行軍の疲れも見せず、エネルギーに満ち溢れており、彼のオーケストラを聴く者に喜びを与えてくれました。 コンサートの後、彼にどうしてエネルギーを失わないで、アメリカからたった一晩チューリッヒに戻り、翌日またニューヨークに帰ってオペラを指揮することができるのか、聞いてみました。私だったら体調を取り戻すのに一週間はかかるでしょう。彼は、『もしそれをしなかったら、何かを逃してしまうような気がしたからです。』という答えでした。」 コンサート・レポートの先頭に戻る
メトロポリタンオペラ「セビリアの理髪師」
今シーズン初登場の、各座席に取り付けられたメト・タイトルズによる翻訳も手伝って、レチタチーブでも爆笑を呼び、金曜日の公演は3800席ほぼ満員、月曜日でも8割以上の入りという成功でした。 コンサート・レポートの先頭に戻る
ハンガリー国立交響楽団極東公演 ハイドンフィルハーモニーのメンバー十数名が所属する、ハンガリー国立交響楽団は、95年11月から12月にかけて、日本、韓国、台湾の極東ツアーを行いました。ソリストとして中道郁代やディシュー・ラーンキが同行し、リストの「前奏曲」、グリーグのピアノ協奏曲、ブラームス交響曲第1番、マーラー交響曲第三番などを演奏しました。全体の9割を音楽総監督、小林研一郎が指揮し、好評の内にツアーを終了しました。小林研一郎とオーケストラの仲の良さが強調される一方、
この後ハンガリー国立響は、メトロポリタン・オペラでの公演を終えたフィッシャーさんと合流し、12月17日にはオーストリアのリンツ、18日にはウイーンでコンサートを開きました。 コンサート・レポートの先頭に戻る
チューリッヒオペラ "L'anima del Filosofo"アトランタ滞在中のフィッシャーさんの元に急報が届きました。3週間後に迫った、チューリッヒ・ウイーン共同製作、ハイドンのオペラ*L*anima del Filosofo*のチューリッヒ公演を指揮して欲しいという依頼です。当初予定されていた指揮者、ニクラウス・アーノンクールが病気で倒れ、短期間での代役はハイドン・スペシャリストとして知られているフィッシャーさん以外には頼めないという、チューリッヒオペラからの強い要請により、フィッシャーさんは急遽予定を変更してアトランタからチューリッヒに直行しました。準備期間も短く、メトロポリタン・オペラのリハーサルと時期が重なるため、チューリッヒとニューヨークを往復する強行軍でしたが、無事成功をおさめました。特に11月19日のチューリッヒでの最終公演の翌日にはニューヨークでの公演があり、コンコルドを使ってのとんぼ返りという忙しさでした。「このオペラは私もあまり知らなかったし、アーノンクールの代役で、最初からやり直す分けにはいかないので少々大変でした。でも大成功でした。」というフィッシャーさんのお話でした。 コンサート・レポートの先頭に戻る
アトランタ交響楽団 定期演奏会第8号でお知らせしたように、メトロポリタン・オペラに先駆けて、95年9月28日から3日間、フィッシャーさん指揮によるアトランタ交響楽団のコンサートが開かれました。アトランタ響はアメリカ有数の大型オーケストラであり、2曲の交響詩、リスト「前奏曲」とリヒャルト・シュトラウス「ドン・ファン」は、特に素晴らしい演奏でした。バルトークのピアノ協奏曲第2番は非常に難しい曲ですが、ニューヨークを中心に活躍中のピアニスト、ゲリック・オルセンとオーケストラが一丸となった、緊張感に満ちた演奏を繰り広げました。また、ハイドンフィルハーモニーによる「冗談好きなパパ・ハイドン」とは異なり、アトランタ響の交響曲103番「太鼓連打」はとてもエレガントで、まるで「肖像画に描かれたマエストロ・ハイドン」という感じがしました。これら2曲ではティンパニーが大活躍で、「難しい曲ばかりで今回は大変でした。特に太鼓連打の冒頭のソロはバルトークよりも難しかった。でも、毎回異なるように工夫しましたよ。」とのティンパニー奏者の弁に、フィッシャーさんも満足そうでした。 地元新聞のコンサート評も好評で、オーケストラのメンバーからも"Come back soon"と声をかけられながら、フィッシャーさんはアトランタを後にしました。 コンサート・レポートの先頭に戻る |
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